こども革命独立国

僕たちの「こども革命独立国」は、僕たちの卒業を機に小説となる。

第三章 政治家の関与

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  つぎに彼らが向かったのは、通称のメラニーでこの選挙区では有名な新目良氏、いわゆる“市民派”とされている政治家センセーの事務所である。このメラニーを調べたいと言い出したのはヨシノであり、以前TPPは絶対反対と選挙では言っときながら当選するやあっさり賛成鞍替えりの裏切りが、第一次産業に従事するものとして絶対に許せない、いつか問いただしてやりたいのよぉ-ということだった。

メラニーのホームページを見てみるとさ、出るわ出るわ、メラニーの顔、顔、顔、顔、顔と顔。白手袋にマイクを握り熱弁ふるう立ち姿。その目まぐるしく入れ替わる動画に割り込む“市民の味方、庶民の味方、正義の味方、命の味方”の踊る絵文字のキャッチコピー。脱原発や安保法では4人の子どもの賢母としての顔を出し、TPPや消費税では一家庭の主婦としての顔を出し、福祉では夫の両親介護して死ぬまで看取った賢妻としての顔を出し、生活保護ではホームレスのボランティアを名乗っての顔を出す。しかもこれらは選挙の時だけ、選挙の後はみんなウソって、もうわかってんだし。

  そんでさ、このホームページのマルチタスクを自分の顔でマルチにニッチにダダみたいな三面変化で埋めつくしているメラニーおばさん、最近の主たるテーマは何かというと、実はあたしたちにも直結の“教科書問題”なんだってえ!」

  ヨシノはいつものコーヒーショップの茶会にて、このようにメラニーの事前調査の報告を行った。

「でさあ、このメラニーおばさん、あの3.11以来ずっとクサイことやってんのよぉ。ほら、チェルノブイリ後と同じようにこの国でもあの原発事故以来、民間有志の団体が子どもたちの汚染地からの一時避難-いわゆる保養をやってるじゃない。で、メラニーも保養をやってます、なんて言ってんだけど、その移動に使う団体バスと宿泊先、なぜかいっつも彼女の夫が役員の観光会社ときてんのよお!」

市民派市民派といっときながら、やってることは慈民党と変わんないよな。なら慈民派とでもいうべきか。」

原発事故後に成立した“子ども・被災者支援法”、それこそ選挙対策の産物で、チェルノブイリ法とはぜんぜん違って5mSv前後の避難基準も何一つ明示されず、結局ホネ抜き、予算だけはしっかりつけられ、その予算の消化のためにあのガレキ処理の時と同じく、観光利権や修学旅行利権か何かに流れてんじゃないのかなあ。とにもかくにもメラニーが、本当は何が目的なのか、本人が何をどこまで承知してやってんのかを、直接つついてみたいのよ。」

  というわけで、4人はこれからこのメラニーの、事務所を訪れようとしている。しかし、ユリコが事務所の前で、「ここはいかにも悪い気が満ちている。私は中には行けないから外で待ってる。」と言い出したので、3人が中に入っていくことにした。

  3人は暗い顔のおばさんに控え室に通された。そこは狭くて息苦しく、窓もなければ換気も悪く、書類や本やら雑誌やら何もかもがムゾーサに積み上げられ、市民からの声なのか所々にファックスが散らかっている有様である。この乱雑な部屋の中、ホコリっぽい空調とカビ臭い冷蔵庫とに挟まれて、秘書なのだろうか何者か、あの暗い顔したおばさんが、黄色くくすんだその顔を始終うつむけたっきりで、3人とは決して目も合わせようともせず、ただパソコン画面を見つめている。

  やがて隣室から声が聞こえて、3人はおばさんに促されるままその中へと入っていった。

 

  出迎えたのは、まさしくメラニーその人だった。背は少々低いものの、その白いお顔の美白オーラはホームページの通りのようだ-とテツオは見とめる。…目尻と眉間を刻んだシワは画面では見られなかったが、弓線えがく細マユズミ、古代エジプト壁画のようなマスカラと、念入り肝いり刷り込まれた厚顔チーク、そして輝く真っ赤な口紅は、政府にひたすら“ならえ右”するハイビジョンより鮮やかだ…と、テツオは思う。

  メラニーは最初のうちこそハイハイと3人の訴えを聞いてはいたが、やがて目からは光が消えうせ、相槌もテキトーに惰性まかせになっていくのが見てとれた。今や彼女の興味も関心も、その白塗りで厚く固めた面相と、赤くぶ厚い唇とを置いたまま、はるか後ろの己の地金に至るまで後退したらしかった。そして今やメラニーの眼差しからは、何か困惑気味で忌避的な感じさえ漂いはじめる。

  そして3人の訴えのあと、いよいよ正義と命の味方のメラニーが、答える番がやってきた。

「うんうん、そうそう、シーベルトは日本史に、ベクレルは数学に、あったわよねえ!」

  メラニーは言い当てたりと得意げそうに見えたのだが、この想定外の答弁に事務所の空気も凍りつき、季節はずれの蚊もホコリもそろって落ちてきたかのようだ。だからあんなオンボロの空調や冷蔵庫でも、間に合っているのだろうか。

  だが凍ってばかりじゃ息苦しいので、まさかとは思いながらも、ここはキンゴが修正の助け舟を出してみた。

「センセー、あのそれはひょっとして、シーボルトとベクトルの、お間違えではないですか?」

  眉間のシワがいっそう深まり、古代エジプトマスカラになおも落ち込む眼差しで、何を言おうと迷うのか、ぶ厚い赤い唇が三次元の引きつりを始めたところで、やっぱり彼女は秘書だったのかさっきの暗いおばさんが、慌てて割って間に入る。

「センセーは今、教科書の問題で頭がイッパイ、地図を見ても文字を読んでもナホトカ言の葉コトノホカお忙しく、これもすべてはあなた達、子どもたちのためなのです!」

「センセー、じゃあ次に、これを質問させて頂きたい!」

  ヨシノはここでメラニーに、一枚の手にした紙をたたきつける。

「センセー、これは“原発事故子ども・被災者支援法”といって、この予算のおかげでセンセーは、毎年毎年保養と称してご主人の観光会社のバスとホテルをフル活用して子どもと保護者を旅行させては、郷土愛を育みあおうとか言って、自分の後援会であるうどん屋さんでのうどん作りに招待したりしていますよね! センセーは以前ブログで、この子どもを守る支援法の成立に政治生命かけてますなんて書いてたけれど、じゃあ何でシーベルトが日本史で、ベクレルが数学なんてトンチンカン、言えるのですか?」

  さすがにここまで突っ込まれては、メラニーのよどんだ瞳も反駁の火が灯らないわけではない。

「私は、声なき声にも耳を傾け、忍耐と寛容、決断と実行、和の政治を志し、戦後政治の総決算と、友愛の精神で、一億人が総活躍し、この人生は100年時代、何事も不退転の決意でやってるの!」

  ヨシノはここでもう一枚、紙を目前にたたきつけ、メラニーを追求する。

「じゃあ次に、もう一つ質問させて頂きたい。これは改憲前、あの集団的自衛権を合法化した安保法についてですけど、センセーは以前から、子どもたちを決して決して戦場には送らないと言ってますけど、安保法では賛成にまわってますよね! どうしてですか? TPPの時と同じく、言ってることとやってることが全然違うじゃないですか?!」

「だってそれは、沖縄だけの話でしょう。」

「安保は沖縄に押し付けとけってことですか。それって沖縄への差別ではないですか?」

「いや、集団自衛の問題は、沖縄だけの話だから、削除しても全体には影響ないと。だからこの案通ったのよ。」

  ここであまりに酷いと感じたのか、キンゴも加わり参戦する。

「センセー、集団的自衛権が削除されて通ったなんて、あまりにひどいトンチンカン、ずれまくりもいいとこですよ。集団的自衛権の行使を認める肝心の存立危機事態の文言は、アメリカ仕込みの新ガイドラインに現れてから法案の中身にまでそっくりそのまま引き写されて、一度も削除はされなかったし、第一これは、沖縄だけの問題ではないですよね!」

「でも集団自衛の問題を削除したからこそ通ったのは、歴史的事実なのよ。」

「だからァッ! 削除なんかされてないって! 集団的自衛権が安保法で合法化されてから、改憲を待たずして自衛隊は事実上の国防軍で、海外での参戦ができるようになったんじゃないですか。」

「通ったなんて、いったい何に通ったというのですか?」

「検定よ。」

「ケンテイ?」

「そうよ、教科書検定よ。」

「国会じゃあ、なかったのですかぁ??」

  ヨシノもキンゴもここで全くフリーズしたので、まさかとは思いつつも、テツオは口を挟んでみる。

「センセー、それって集団的自衛権のことではなくて、集団自決ではないですか?」

  事務所の中に絶望が、死の灰みたいに降ってきた。それはある意味、民主主義を担保する代議制の死に至る病である-と3人は感じたようだ。

  ヨシノはついにブチ切れて、たたきつけた2枚の紙を各々両手に牌のように握りしめ、メラニー突きつける(1)。

「あんたのような母国語も漢字も読めず、発音もまともにできず、文字の意味すらわからない超ボンクラが、この国の国会で法律を決めている。あの原発事故以来、甲状腺ガンだけじゃない。あたしと同じ年頃の人たちが、白血病や心臓病で死んでいる。年寄りじゃあないんだよ。この現実をゴマかすためにあんた達は戦争を仕掛けようと、集団的自衛権を持ち出して海外派兵を強行した。でも放射線健康被害はゴマかせないぞ。あたしら家族は先祖からの漁場をはじめ家も土地も何もかも捨てさせられて、放射能汚染地から避難した。あたしら両親、財産を失ったその上に、あたし達を養うために働けど働けど、あんたのような超ボンクラに税金ばかりむしり取られて、何の補償も賠償もないんだよ!

  親ですよ、両親ぁ! あたしの心がわかるかあ! 両親は働きづめに働いて、弟の面倒みながら長女として十余年、あたしが家の柱になってやってきた。わかるか、このあたしの心。どげん苦労ばしたち思うか(2)。 あんたのようなムダ金喰いの寄生虫に、このせちがない世の中をまじめに生きる心がわかるかあッ!!」

 

  3人はあきれはてて、メラニー事務所をあとにした。外ではユリコが待っていて、あきれはて疲れはてた3人を、さもありなんと迎えてくれた。

「みんな只今あの伏魔殿から出てきたばかり。悪霊が取り付いてるから私がお祓いしてあげよう。  “ソレ、形の陰鬼陽魔亡霊は九字真言をもってこれを切断せんに何の難きことやあらん。九字真言といっぱ、臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前! これであらゆる五陰鬼煩悩鬼、まった悪魔外道死霊生霊、たちどころに亡ぶること霜に煮え湯を注ぐが如し!(3)」

  3人はユリコにこの九字の真言をきってもらってポンポンポンと背中をたたかれ、これでやっと正気に戻ったような気がした。