こども革命独立国

僕たちの「こども革命独立国」は、僕たちの卒業を機に小説となる。

第十七章 討ち入り本番(前)

  真夏の保養と国防軍の来襲という“夏の陣”が終わって間もなく、ある日授業がはねた後、テツオとユリコはレイコに呼ばれる。

「この時期はね、担任の教師には進路指導で何かとあって、就職希望の生徒達にも就業先の情報が入ってくる・・。それでね、あなた達二人には、外国からのオーダーが来てるのよ。」

  レイコは一瞬、担任時代を思い出したか、やや懐かしそうな面持ちを見せたあと、テツオとユリコに横文字のパンフレットや資料などを示して見せる。

「あなた達にオーダーをくれたのは、いつか言っていた、チェルノブイリの事故以来、主に汚染地の子供たちを対象としたヨーロッパの保養事業団体なのね。ここは規模は大きくないけど、私たちと同様にいっさいの寄付に頼らず、自主独立の採算で運営していて、おかしなヒモつきカネつきの恐れがない。それとこれも私たちと全く同じく、問題の核心である“内部被ばく”をごまかすことなく真剣に取り組んでいる。あなた達が常に希望していた通り、私たちもこの二点だけは譲れないから、この団体は信用できると思うのよ。」

  レイコの話すところによれば、この団体はドイツとイタリアの国境のブレンネル峠にあって、ほぼ通年で保養を受け入れ、チェルノブイリ関連でキンゴのパパと再婚したママの女医さんもよく知る所で、二人も高く評価しており、また、アイ氏のドキュメンタリーにも登場したことがあるという。それでアイ氏も全面的な信頼を寄せていて、『子ども革命独立国』のDVDを送ったところ、核汚染とその社会を実際に経験したテツオとユリコに、ぜひ有給のスタッフとして勤務してその経験を活かしてほしいと、二人が徴兵制の危機に晒されているのなら尚のことと、正式にオーダーを寄せてきた-というのである。

  実はユリコの方は、レイコと時々お茶する中で、この話を内々に聞いていて、彼女にとってはこれで自分がしたかった多言語習得-この場合は英語・ドイツ語・イタリア語-ができるからと応じるつもりでいたのだが、テツオはテツオで、この保養所の農園で花と野菜ができるのと、ドイツ・イタリアの国境ならば、楽器づくりや料理人、あるいは彼が大好きな女性ファッションに至るまで、いろんな職人修業もできるのではと思っていたが、ブレンネルは寒そうだとの多少の不安はあるものの、テツオもやはり喜んで受け入れたようである。

  しかし、ユリコは、この時何かを不思議に思った。それはレイコが、内々に既にユリコに話したとはいえ、エコ贔屓をしない彼女には珍しく、じっとテツオの方だけを見て話し続けたことである。テツオは提示された資料を見ながら始終うつむき加減だったが、レイコははっきりした口調で説明をしながらも、これで無事に徴兵を逃れさせ、卒業と就業に導いた安堵と祝福とに満ちた目で、いやそれでもなおも心配ごとが尽きないような、そしてしばしば寂しそうな、愛くるしい者を見るような、厳しくも優しい目で、じっとテツオを、とらえ続けていたのだった。

 

  さて、あの因縁の敗戦日のDデイに、この嘉南島の本島防衛=国防軍との“夏の陣”に勝利したのも束の間か、ミセス・シンがテツオに語ってみせた通り、権力側の大本命=“この島のゴミの島化”が、残暑もあけぬ秋口までに、一挙に具体化しそうになってきた。それはそのDデイ=不屈の抵抗大作戦の本番に、いつもはボランティア面してくるはずの、羅衆夫人たちのグループ“プチブルマダムの会”の面々が、不思議と一人も来なかったので、当然、タカノ夫人もレイコもミセス・シンらの3人も、これで早や権力側の次の出方を察知したと、Veni女の会の幹部として作戦準備を急いだのだ。

 

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  そしてそれは、ある日の午後、急転直下でその具現化を見ることになる。なんと、ミセス・シン御本人が、自ら体を、いや、お顔を張って、羅衆夫人の本丸のビュウティーサロン“マダム・ラッスゥ”に隠密して、夫人のたくらみ一切を、決定的な証拠資料もゲットしたうえ、聞き出してきたというのである。それはまず、残暑しのぎにのどかにお茶を飲んでいたテツオとユリコのいる喫茶室に、ラッスゥから帰ってきたミセス・シンが、突如姿を現してから始まった。

  その衝撃は、同性のユリコより、メイクにはより女ッ気のあるテツオの方が敏感みたいだ。

  -こ、これは、七色のマンダラにマンデリンをブッかけたかのような不釣り合い・・・。もとからの丸顔に無理に面長をあてはめて、シェーディングをほどこしたものだから、それでファンデが全面的に浮き上がり、パウダリーがバウンダリーに顔面中に粉をふいてヨレまくり、また鼻高に見せようと、Tゾーンをテカらせるほどハイライトを入れるから、鼻が白いフンドシをしめてるみたいで、そこにアイシャドウにはアイスブルー、チークにチープなラベンダーと、場違いなトリコロールをきめている。それに何よりとどめの極みは、そのダークレッドに金粉を散りばめた“金夜リップ”で、これではまるで、蹴り入れたくなる金色夜叉だ・・・-

  テツオがあまりの衝撃にドンビキしたのを察したユリコは、ここは阿吽の呼吸で場の転換を試みる。

「シンさん・・、それでわざわざラッスゥに隠密されてメイクをされた代償に・・、いや、あくまでも金銭的な代償という意味ですけど・・、ゲットされた情報って、何でしょうか?」

  ミセス・シンは、これでピーンと張りつめさせていたメイクのお肌の緊張を解くように、はじけるように語り始める。

「そう! “虎穴に入らずんば虎児を得ず”、“墓穴に入らずんば墓地を経ず”ってな具合に、隠密した見返りに、こんなスクープ入手したのよ! 羅衆夫人ってメイクばかりに頼るだけに、ワキも匂えるその甘さか、よりによってトイレの前に、こんなクサイ情報を置いていたのよ。」

  と、ミセス・シンは、ラッスゥで回収してきた数々の証拠資料を示して見せる。

「・・これが言ってた最新の、“資源循環型広域大型ゴミ処理施設”、その名も“浄化ー(ジョーカー)”・・。

 まるでババヌキみたいなその名前・・。それなら、いっそ“トランプ”と、名付けた方が・・」

「でしょオ! 彼、“不潔な国の国民”みたいな暴言はいて、世界の鼻つまみ者だしね・・。」

  しかし、とうとう見つけた証拠資料に、テツオもユリコも身を乗り出して興味を示す。

「でさぁ、あたしもメイクを受けながら、ブラシでボカシを入れさせながら、そこは夫人が話にボカシを入れないように、彼女の本音をイロイロと聞き出してきたのよね。

  この一連のパンフや資料でわかるように、これが夫人があの店で、99.9%シワトリ・シミトリできますメイクと、タダでカフェ付きお菓子付きで、お友達のプチブルマダムをはじめとしておばさま達をおびき寄せ、憲法のお勉強会を隠れ蓑に、宣伝と洗脳とをはかっていたカネダケ製のゴミ処理施設の全貌なのよ。それで夫人は、この島にボランティア面して入り込み、ゴミ処理場の風下の漁村のおばさま達とも知り合うことで、無料でシワトリ・シミトリ・美白メイク体験などと銘打って、自分の顧客に取り込みながら、反対派住民の切り崩しと抱き込みを、すでに始めていたってわけさ。」

  と、ミセス・シンは、銀ぶちメガネのその奥の、アイシャドウにアイスブルーの眼差しを重たそうにまばたきさせつつ、口調はいつもの歯切れよさで、テツオとユリコに語るのだった。

「それにこれらの資料によれば、ゴミ処理施設の広域化と大型化が、従来の各市町村のゴミ処理施設の老朽化とその財源不足を口実にした、当初から国の何百億円もの補助金を当て込んだ、カネダケ製のゴミ施設を誘致する、いつもの利権の出来レースであったことが推察できる。カネダケはこの大型施設で、資源循環とかバイオマス発電とか謳っているけど、ゴミ施設に何百億も投資して、そもそも電力があまっているのに、なぜ電気が要るかということや、その投資に見合うだけの優良で再利用可能な資源が輸入するよりどれだけ安く効率的に循環できるのかということや、それらの過程で出されてくる排出物の健康被害の懸念については、まったく答えようともしない。

  また、この大型施設、建設費だけでも何百億とバカ高く、しかも運営は民間委託ということで行政から丸なげされて、カネダケクリーン社がすべて請け負い、その後何十年という運営コストも事業者秘密と不透明にされている。それにゴミ処理施設が大型化すればするほど、より多くのゴミを燃やした方が効率いいと、国内外のあちこちからゴミが持ち込まれることは大いにありで、そこには当然、今や公的基準となったクリアランス100Bqや食料品100Bq、そして廃棄物8000Bq(1)も相当量含まれると予測できる。カネダケは原発メーカーにしてゴミ処理メーカー、そしてゴミ事業一切をも請け負いながら、自ら出した核のゴミを国民の電気料や税金で循環させるという構図が、このように見て取れる。そしてこの国家はすでに、ほぼカネダケ利権の手中にある。

  羅衆夫人の夫の弁護士・羅衆武人氏は元県議だし、今では地域の電力会社の御用弁護士。それに夫人の店が入っている駅ビルだって、メラニー議員の夫の不動産会社のもので、周辺相場の8割引きで入っているという話。メラニーは知らぬ者なき地域利権の総本山で、ゴミ利権はその一角。羅衆夫人とメラニーとは、ともにその厚塗りメイクで持ちつ持たれつモタれがちな、キョーダイで肩を並べたこともある、入魂にしてゾッコンな仲のようだし、ここまでくれば夫人がメラニー利権の手先として、このカネダケ製のゴミ処理施設の推進役であることは、容易に推察できるよね。」

  と、ミセス・シンは、ヨレたファンデでホウレイ線にまた一筋を入れながら、ここは話のスジを通そうと、別の資料を取り出しては語り続ける。

「でね、ここまでの利権話は今までもよくあること。でも、こんな核汚染の世となっては、利権の推進側としてもさ、さすがに放射性ゴミを気にする人もいるらしくって、それで夫人が打ち出したのが、コレ、このチラシとレジュメ、このパワーポイントの“講演会”よ!」

  と、ミセス・シンは、シェフに似合わぬ湾曲したピンク地の付け爪の、メタルに光るネイルの先に、ある男の顔写真と、謳い文句のゴチック文字とを指し示す。

「“皆様の放射性ゴミに関する不安と誤解を、専門家がお答えします”って、この男が講演会を行って答えるというのですか?」

「この男の所属先は、“地球環境衛生研究所”、略してその名も“ちかんええけん”。環境省の委託研究団体ってありますね・・。彼はここの研究員で、その名前は“平目徹志”。こんな男が講演を?」

  ミセス・シンは、“そうよ”と大きく目くばせしながら、ネイルの先を食い込ませるほど指先に力を込めて、彼女がネットで調査した、また別の資料を指し示す。

「あれ?・・、この写真の男って、さっきの男と同じでは・・? でも、名前は違って“宇曽吹誠”。カネダケクリーン大阪支店の関西広域推進室・室長ってありますけど・・。」

「そう! その通り。これまったくの同一人物。さすがに世間をはばかって、身分と名前を使い分けて活動している。先ほどの研究所は、環境省が活用しているシンクタンクでカネダケマネーが運営していて、また官僚の天下り先。クリーン社はカネダケグループの焼却炉などゴミ処理部門のメーカーとメンテナンスを兼ね備えた、大手の廃棄物処理業者。この二つの回転ドアを出入りしているこんな男が、羅衆夫人とプチブルマダムの会を通じて、あたし達の市民運動に食い込んで、よりによってこんな“放射性ゴミの講演会”をやろうとしている。見てよ、コレッ!」

  と、ミセス・シンは下に隠れた講演会のパワーポイントを表に出して、その金夜リップの唇テカらせ、夜叉のようなコワい目で、パワポの挿絵と説明文字を切り刻まんとの意気込みで、その尖ったピンクの爪先で突き詰めるかのように指し示す。

「・・・“放射能はコワくない・・、ヒトはもとより自然からの放射線を日々あびていて、ガンならタバコの方が危険・・、むしろ適度な放射能はかえって体にイイくらい・・・”

  毎度毎度の原子力ムラらしい、チンプでカルトな言い分ですけど、今となってはこんなのを信じる方がバカですよ。」

「こんな言い分通じるのなら、あのヒロシマナガサキの犠牲者たちはうかばれません。こんな主張をする人たちって、本当の国民として恥ずかしくないのでしょうか?」

「あたし達は皆当然そう思っているんだけど、この国の国民はヒロシマナガサキの被害国で、レントゲン室が鉛で固く頑丈に覆われているのを見ていても、放射能は安全なんだぁって思うらしいの。

  しかし、何より許せないのは、あたし達の市民運動“Veni女たちの会”に属している“プチブルマダムの会”の羅衆夫人が、勝手にVeni女の会の名かたって、こんな“放射能は安全で体にイイ”みたいな主張をする男の講演会を、ゴミ利権の一環として主催するってことなのよッ!」

  そしてこれよりミセス・シンは、その怒りをいっそう高めて、チンプなチークのラベンダーも、ツバキのような真っ赤な真っ赤な極彩色へと、グラデーションを変化させる。

「それどころか、それにも増して、見てよ、コレ、この署名用紙ッ! 羅衆夫人はここでも勝手にVeniの名かたって、こんな放射能は安全男が主張している、つまりこの男がカネダケの利権のためと、自分自身の出世のために売り込んでいる“広域大型ゴミ処理施設『浄化ー』”を、採用せよと行政に訴える署名活動まで行っている。しかも、この署名依頼の文章には、この男を、このゴミ問題を機に県が新たに設置する“ゴミ問題を考える県民会議”のアドバイザーに、市民ネットワークとして推薦するって文言までも入っている! このようにして利権側は、いかにも市民・住民側の要請でやってますみたいな外形を取り繕って、己の利権の企みを進める手口を使うのだけど、羅衆夫人はまさしくその手先で、言ってみれば市民側の味方のフリした“権力のイヌ”なのよ。

  しかし、あたしが絶対に許せないのは、それにも増してこのことは、反戦反核・反原発に反被ばくを訴えてきたあたし達の運動への重大な背信行為でもあるし、それ以上に決して許せぬ被ばく促進活動とさえ言えるということなのよッツ!!」

  ミセス・シンは怒りの熱を大いに上げて、アイスブルーのアイシャドウも溶けて流れていきそうだ。そんななか、たまには受験準備のストレスを発散しようと、魚を届けに来たヨシノが、喫茶室にあらわれるや、文字どおりギョッとする。

「シンさんッ、何ですか、そのメイク?! 沖縄那覇市牧志市場で、そんな赤やら青やらのサカナって売ってますけど、ここら辺では見ませんからネ。あたしもう、ビックリしちゃったぁ、アハハハハ!」

  ヨシノの素直な物言いで、場の空気も凍りつき、アイシャドウのアイスブルーも溶け出さずに残ったようだ。しかし、女心を察するテツオは、場の冷え込みには耐えがたく、ユリコをチラ見し、-ここは女同士で何とかしてよ-というようなオーラを送る。しかし、こんな時のユリコというのは、そんな人間界の俗事には我関せずと、ただダンマリを決め込むばかり・・・。

「シンさん、それって“マダム・ラッスゥ”でメイクをされてきたんでしょオ! うちの周囲のおばちゃん達も、ラッスゥでシワ・シミ・美白で強迫されて、結果的にバカ高い化粧品を買わされて、何がお試し無料体験だって、みんな怒ってるんだから。あたしはこう言ってやったんですよ。“羅衆夫人のメイクってのは、‘face’に‘make’をするだけに、あんなもの‘fake’です”って!」

  -なんだ、それが言いたかったのなら、最初っからそう言えよ・・・-

  と、テツオがハラハラするなかを、ミセス・シンがこれらの話をヨシノにもしていくうちに、今度はヨシノの顔色が、怒りでコワばるコバルトブルーを帯びてくる。

「シンさん、そのマダム・ラッスゥがメラニーの駅ビルに、周辺相場の8割引きで入っているという話って、いったい誰のリークですか?」

  ミセス・シンは、そのフェイク・メイクの顔面を、コンシーラーで埋め合わせたホウレイ線を引きつるような笑みでゆがませ、語り続ける。

「あの駅ビルの手前にさ、あたしがかつて学生時代にバイトしていたうどん屋さんがあるんだけど、そこの店主が夫人の秘め事ネタの一つとして、コッソリと教えてくれたの。」

「えっつ? じゃあ、まだ他にも、夫人の秘め事マル秘ネタって、あるのですか??」

「あなた達、もう大人だから言うけれど、この放射能は安全男、国側の研究員とカネダケ利権の営業マンの二つ以外に、あともう一つの顔を持ってるらしいの。というのはね、このうどん屋さんは朝日も昇る頃あいから仕事をしていて、この男が早朝に駅ビルの出口から夫人と一緒に出てくるや、ハイヤーに乗り込んで去っていくのを目撃していて、その日はいつもこの男が大阪から出張してきて開催されるラッスゥでの勉強会の翌日ときてるのね。

  でさあ、店主が見たもっとも印象的なのは、早朝の、ビルの谷間の霧の中、朝日に少し照らされた、夫人のモネの絵のようなブ厚く真っ赤な唇が、霧中に夢中でブチュウ~って、男に迫ってくッつけられていく様で、店主はその日はうどんの具の明太子を、思い出したくもない、早く目の前から消えてほしいと、厄ばらいの意味も兼ね、タダでサービスするんだってさ。」

  ミセス・シンは、ここらで口が渇いたからと、テツオが入れたコップ一杯アイスティーを、自分自身の金夜リップをその縁に塗り付けながら、飲み干してはさらに続ける。

「それでまたこの男のハイヤー、何と瀬戸大橋を渡って大阪に至るまで、ドアツードアで使われているらしいのよ。というのは、このハイヤーの運転手、男がビルから出てくるまでの間、このうどん屋で朝一番の打ちたての“釜あげうどん”を食べるのが、この仕事での無上の楽しみらしくって、“大阪でもこんなうまいうどんはあらしまへんで。これが好きやからこそ、研究費と称しながらも税金を食い潰す、カネ喰い虫のボケ室長が大嫌いでも、遠路はるばるハンニバルというふうに、大橋渡って鳴門や丸亀経由して、所々でうどんハシゴをやりながら、ここまでやって来まんねん。どないだっか、もうかりまっか?”って、嬉しそうに店主に語るっていうんだから。」

  しかし、これを聞いてヨシノの怒りはなおも高まり、そのマナコはナマコのように妖しく光り、その顔にはウニのようなトゲさえ出そうだ。

「許せねえ! もしこの上にこの男まで、その上々の“釜あげ”を食べているとするのなら、許せないわよ、本当にィッ! せめてランクは一つ下、“湯だめ”を食わせて、そいつの人格、否定してやりたいもんよ。」

「ヨ、ヨシノ・・、釜あげが湯だめになって、何で人格否定につながるのさ?」

「それは“湯だめ”というだけに、“YOU,ダメ”っていうことに・・・」

  熱いうどんへの思いの最中、寒い空気がしてきたところで、ミセス・シンがいよいよそのフェイク・メイクのヴェールを脱いで、テツオたちに呼びかける。

「このチラシにある通り、この男の講演会は、近々県の県民会館で大々的にやるんだそうよ。だから、あたし達Veni女の会としては、この講演会に“討ち入り”して、羅衆夫人とこの男、そして利権の親玉メラニーともども、あれえざれえに白化けにブチまけて、この島のゴミの島化を葬ってやるとともに、こんな企みが金輪際できないように、一網打尽にしてやりたいのよ。あなた達、受験準備や渡航準備で忙しいけど、ここは修学旅行の思い出がわりに、この一揆打ちこわしに、参加してみる?」

  ここまでくれば、テツオもユリコもまたヨシノも、そしておそらくキンゴもタミも、いざ鎌倉と言わんばかりに賛同すること間違いない。ミセス・シンは、チークの色も落ち着かせて言葉を続ける。

「羅衆夫人はこの男の講演会も、いかにも市民団体がこの男を推薦すると見せれるように、ここでもまた勝手に会の名かたってさ、“県最大の市民運動ネットワーク:Veni女たちの会主催・プチブルマダムの会共催”って、ふざけたことを書いているけど、それをいっそ逆手にとって、それなら会に属する反戦反核・反原発に反被ばくの諸団体や、県をまたいだこのゴミ処理施設の反対派や、税金のムダ使いと行政を監視する市民の会の人たちなどの“Veni女の会”の相当多数を呼び込んで、この羅衆夫人の講演会をそっくりそのままVeni女の総会に変えてやろうと、あたし達はすでに行動開始している。またこの講演会には、まだ1か月ほど時間があるから、その間に会員たちの委任状を思いっきり集めておけば、講演会つまり総会当日、何があってもあたし達の反戦反核・反原発に反被ばくの意思と意志が、貫けること間違いなしよ。

  羅衆夫人が言うのには、この講演会には、行政の職員ほか、ゴミ行政に影響力を持っている、県議、市議、村議たちも来るってことだし、来賓として利権の親玉メラニーも出席する。それに夫人は県の教育委員会まで手をまわし、ここでも“放射能は安全教育”をしたいのか、中高生の学生たちも招待し、当日も多くの市民や学生たちの出席を、歓迎するということよ。」

「それなら、いっそ僕たちも、学生として参加すればいいってことに、なりますね・・・。」

 

  これで作戦開始となったところで、テツオは何か言い足りないのか、ミセス・シンとヨシノの2人もお茶飲みながら、落ち着いてきたところで、皆に何かを語りはじめる。

「だいたい僕が思うにですね、美白やシワトリ・シミトリって発想自体が間違いですよ。人の美貌は、美白に余白のシワやシミに関係なく、ましてや年齢・性別にも、関係なんかありません。」

  ユリコがやや心配そうに見守るなか、テツオはここで、彼の仮説を唱えたいようである。

「そう、僕が、アラサー・アラフォー・アラフィフの三代女性ファッション誌をためつすがめつ、右往左往の試行錯誤と思考実験を通じながら最終的に悟ったことは、人の美貌というものは、ただその人の“知性と姿勢”の二つによると思うのです。

  それで、“知性”の方は人それぞれですが、“姿勢”の方はこれ“歩く姿勢”のことであり、ここは百聞不如一見、百聞は一見にしかず、口で言うより実際に、ご覧にいれて見せましょう。」

  と、テツオは、何とここで皆の前で、彼自身が考案の“女っぽウォーク”を、展開してみせるのだった。ミセス・シンとヨシノの2人は、最初こそ“なにコレぇ~”と面白がっていたのだが、それでも少し見ているうちに、テツオが期待の美意識に気づいたように、見直しはじめる。

「テ、テツオ・・、あなたっていつの間に、そんなモデルのような歩き方、身に着けたよ・・?」

「これですか? これは女の体を持たない僕が、理想化された女性-というか人の歩みを、表現しようとしたものなんです。・・いや、というのは、僕は将来、ファッショではなくファッションの地のイタリヤで、服飾職人めざすこともあろうかなと思いまして・・・。それで靴を脱ぐとよく見えますが、ヒールでいえば7~8cmほど踵を上げて、それで目の前一直線に、まるで平均台に乗るように、爪先から蹴り出すように足を伸ばして歩き出します。それで上半身は頭の先までつり上げられていくように垂直さを貫くと、肩も腰もしならせくねらせ、腕も手も柳のようにしなやかに、風を切って歩くような感じになります。」

  テツオはこの女っぽウォークを見せながら、所々で、振り向き、見返り、立ち返りと、次々とポロネーズに乗ったようにポーズを決める。

「このヒトだけできる直立二足歩行には、必然的に三次元の空間認識が必要で、この認識のもと、ヒトは自然界にもとより備わる美意識により、その進化の過程で美を追求し、この特に女性の歩みに象徴される美しい二足歩行を成し遂げたと、僕は仮説をたてるのです。では、ここで、これを少し崩した形の二足歩行を、続いてご覧にいれましょう。」

  と、テツオは、そのモデルもどきの女っぽウォークから、故意にネコ背・ガニ股の、おっさんっぽいウォークへと変化させる。

「これが同じヒト属でも、その化石から推察されるネアンデルタール人の歩き方かと思われます。しかし、さっきのホモ・サピエンスの垂直二足歩行より、このネコ背・ガニ股は重力に反する面が少ないだけ安定的で、自然淘汰の理屈ではより自然なこっちの方が存続してもよかったはずです。では、にもかかわらず、重力的に苦労が多く、空を飛ぶほど難しかったのかもしれないホモ・サピエンスの垂直二足がなぜ残ったのか。僕は、それはやっぱりダーウィンも言うところの“美意識”にこそあったのだろうと思うのです。

  つまり、我々ホモ・サピエンスは、この美意識による進化の過程で、直立して垂直の二足歩行をしていく上で、ともすれば最初に女性の体形を形作っていったのではないだろうか。先に女性の体形で二足歩行をしていなければ、これほど美しい歩行には至らなかったのではないかと思うのです。人類はまず女性の体形を得ることで垂直二足歩行に至った-そのためには類人猿で最大のお尻の筋肉=大臀筋が必要だった-またその大臀筋との重量バランスをよくするために胸をあえて重くして哺乳を兼ねさせ、しかも常に大きな胸とした-というわけです。」

「ね、ねえ、テツオぉ・・、しかし、進化論の定説の一つとしてさ、女の前にふくれたバストと後ろにふくれたヒップというのは、男への性的アピールっていう説があったのではと思うのだけど・・。」

  しかし、この問いはテツオには想定済みで、むしろこの定説への反発が、彼のこの仮説を生んだらしい。

「僕もよく見ましたけど、その説は、男が女の体をパーツとして物象化し、品定めをするような、進化よりも後発の男性優位の思想的産物と思います。それよりむしろ、まず女性なみの大臀筋を得ることで直立二足歩行を安定させ、それと同時並行でシッポなしでもバランスをよくとるために両手を長くし、また哺乳を兼ねたその胸を常に重くさせることにより、さらにバランスをよくしたのではないだろうかと思うのです。というのは、僕は山歩きをやっていた頃、リュックはなるべく背の上に背負った方が歩きやすいという経験があるからです。僕のこの仮説の方が、さっきの男へのSEXアピール説よりも、重力的には合理的ではないでしょうか。」

  しかし、テツオが自説を長々しゃべくりながらも、女っぽウォークをしゃなりしゃなりし続けるのを、つけまつげをメガネにひっかけそうになりながらも見つめていたミセス・シン、何かをひらめき、金夜リップをきらめかせる。

「テツオ! あんたのそのウォークとプレゼンとで、羅衆夫人に洗脳された漁村のおばさま達だって、きっと挽回できるわよ!」

  ミセス・シンのひらめきとは、タダでカフェ付きお菓子付きでおばさま達を買収した羅衆夫人のマダム・ラッスゥに対抗して、そのおばさま達をターゲットに、ミセス・シンのカフェ付き菓子付きおまけにテツオの花苗付きで、“テツオ君のビュウティーウォーク教室”なるものを開催して、おばさま達を引き戻し、羅衆夫人に切り崩された反対派の漁村の一致団結を、取り戻そうというのである。

「いいよ、それぇェ!! あたしもゴミ処理建設反対派の共同代表の母ちゃんも、周辺のおばちゃん達が次々とラッスゥにおびき寄せられ、深海魚みたいなメイクになって帰ってくるのをニガニガしく思ってたんだし。ここは是非、テツオにやってもらいたいよ。その奥の手のウォークで、漁村だけに“魚奥(うおおく)”ってな感じで・・・。」

  あまりに無理な言い回しに、だれも気付いていないなか、ミセス・シンはこれで羅衆夫人への反撃の強力な糸口をつかんだと、厚顔メイクをボロボロとほころばせる。

  しかし、糸口をつかんだのは、ミセス・シンばかりでなく、実は見守っていたユリコもまた、何かをつかんだようである。彼女はウォーク教室開催するのを、恥ずかしそうではあるものの、嬉しそうなテツオを見ながら、-これで彼をもう一度、復活に導けるのかも-と、思っているのかもしれない・・・。

 

  さて、講演会まで1か月を切り、タカノ夫人らVeni女らが、その正当な会の趣旨に基づいた多数派工作を進めるなかで、ミセス・シンとテツオの料理人師弟コンビは、深海魚フェイクメイクのおばさま達をターゲットに、漁村の公民館借り切りで、“未来のカリスマファッション家*テツオ君のビュウティーウォーク・メイク教室&祝ご卒業・イタリア渡航修業記念壮行会”と銘打ったイヴェントを挙行した。この本人も引きそうな大げさな題のせいか、また、今や美々しい青年へと成長した中学生からよく知っている子や孫みたいなテツオ君の研究発表を聞きたいのか、あるいはミセス・シンのオーガニックコーヒー・紅茶と無農薬無化学肥料の食材でつくられたケーキやお菓子がお目当てなのか、当日は深海魚以外にも多くのおばさま、お姉さまが集まった。

  そんななか、テツオは自説の“美と美意識論”や“姿勢と知性の人の美論”、また“直立二足の進化論”などプレゼンしながら、チノパン姿でウォークして見せたあと、今度はホントに7cmのヒールをはいて、ピンクのプリーツスカートはいて、ひらりひらりと“女っぽウォーク”を展開したりするものだから、その色っぽさに、おばさま達、お姉さま達、ヤンヤヤンヤ、てんやわんやの大騒ぎ。

「テツオちゃーん、ステキよぉおッ!」

「小エビのようにプリプリの、キュートなお尻が可愛いわぁぁ!」

「いっそ“片岡テツオ”の芸名で、女形、役者デビューをしてみたらぁ!」

お姉さんたち、“松嶋屋ァッ!”って、叫んだげるッ!」

  そんなわけでプレゼンの開始早々、すっかり心をとらえられた女たち、その場で直ちに羅衆夫人の洗脳から目覚めたのか、悔い改めと、改心を口にし始める。

  テツオは、そんな女たちを見つめつつ、優しげに語りかける。

「皆さん、考えてもみて下さい。美白、美白という強迫観念、人のお肌は色々なのに、なぜ白だけを美しいと言うのだろうか。これって差別じゃないですか。それにシワトリ・シミトリだって、大きなお世話というものです。第一、ファンデでお肌を塗りつぶし、ハイライトで変なテカリを入れるより、生物としての人が持つ本来の地肌の輝き、これを活かした方が素敵なんじゃないでしょうか。その上でメイクといえば、ルージュ、チークにアイシャドウと、どれも控えめにする方がかえって品よく仕上がります。たとえばルージュの色を変えるだけでも、これだけ顔の印象が変化します。」

  と、テツオがまた自分の顔で実演したりするものだから、女たちは“カワイイ~ッ!”と大騒ぎ。

  テツオはさすがに照れながらも、ここは会のプレゼンテイター、徐々に議題の核心へと迫っていく。

「皆さん、ラッスゥでのメイクや宣伝されたゴミ施設より、僕はこれを提案したいと思います。それは、

 1、ムダな化粧で肌痛めない。2、ムダなゴミで地を汚さない。3、ムダな事業で子を苦しめない。

という僕たちなりの“三善戒”というものです。皆さんは、はたしてどう思われますか?」

  ここまでテツオに指摘されたおばさま達。タダでカフェ付きお菓子付き、無料メイク体験でおびき寄せられ、ラッスゥに行ってしまったといいながら、もとは海んちゅ、海の女であるだけに、魂までは完全に売り払ってはいなかった。

「そうよ。あたしもあの羅衆夫人とプチブルマダム、何だかヘンとは思っていたのよ。タダでお菓子を出す時だって、全部市販の安物で添加物だらけだし、そのくせ“これ、イギリスの味よ”とか“パリの香りよ”、“ベルギーチョコよ”って、それってただの西洋かぶれの田舎モンの言う事じゃない。」

「あたしが一番許せないのは、あの羅衆夫人もマダムたちも、子供の被ばく問題のチラシを渡そうとした時だって、“それ、よその人に配ってくれる?”って、バカにした目で受け取ろうともしなかった。自分たちは途上国の子供たちは貧しくてかわいそうって、支援してるといいながら、なぜ国内の甲状腺ガンをはじめとする子供の被ばく問題を、無視しようとするんだろうね?」

「あの羅衆夫人とマダムたち、何かといえば国連とか弁護士とか大学の教授とか、選挙とか政治とか、活動の内容よりもそういうブランド、ムードがお好きで、それで旧憲法の9条守れといいながら、集団的自衛権の安保法に賛成する有名議員が身近に出れば、平気で応援したりする。言ってることとやってることが合わなくても、何も感じないのかね?」

「結局さ、あの羅衆夫人とマダムたちって、心の底には常に“差別”があるんじゃないの。こんなのがカネとヒマにまかせてさ、市民活動・運動の一定勢力にでもなったりしたら、若い人はだれも入ってこなくなるから、運動も広がらないよね。」

  おばさま達がこのように、ラッスゥの洗脳から正気にかえってきた所で、テツオは一番言いたかったことを述べる。

「皆さん、考えてもみて下さい。あの3.11で私たちが学んだこととは、従来のエネルギー使い放題、公共事業でカネ使い放題の生活はもう限界だ-ということであったはずです。今回のゴミ処理施設にしてみても、人口が減少し、電力も余っているのに、なぜ、発電を兼ねるために大型化などという変な理屈が通るのでしょうか。また、建設費だけで何百億、維持費となればさらに何億と、すでに超1000兆円の借金が少子化の次世代に負わされるというなかで、いったいだれがこの責任を負うのでしょうか。さらにまた、本来ならば原発施設で厳重管理レベルである、クリアランス100Bq、食料品100Bq、廃棄物8000Bqなどの数字が公的基準となってしまった放射性ゴミまでもが、処理施設が大型であればあるほど大量に入ってきます。これはダイオキシンなど、他の汚染物質にも同じことが言えるでしょう。

  この大型施設でいい思いができるのは、請け負う企業と利権に巣食う連中だけで、僕たち子や孫の次世代たちは、借金と環境汚染と健康被害の三重苦を背負わされます。ゴミ問題は、ゴミそのものを減らすしか解決策はありません。また、放射性ゴミについては、処理施設の規模を問わず、僕ら市民がガイガー計で施設周囲を日々計測し、監視していくしかありません。」

  ここまで言われて納得できない人はいない。かくして、漁村はその団結を取り戻し、羅衆夫人の分断の企みは、ついには割れるメイクとともに、結局崩壊してしまった。

 

  さて、いよいよ、残暑も過ぎゆき秋の気配が漂うなか、羅衆夫人の企みの集大成ともいえる“最先端の資源循環型エコ社会をいく、市民による広域大型ゴミ処理施設推進&放射性ゴミの安全安心講演会”in県民会館の当日がやってきた。

  講演会は、羅衆夫人のお友達のプチブルマダムらをはじめ、夫人が招いたゴミ問題に影響力ある県議、市議、村議らその他、行政の職員たちや、教育委員会からまわされた学校教師と学生たちなど、すでに大勢、会場の大ホールの前半分、指定席へと着いている。そんななか、タカノ夫人らVeni女の会の女たち、そしてこのゴミ処理施設の反対派の各団体も、また大勢に押しかけて、会場の後半分をほぼ占めて着席を終えている。

  テツオたちは、コスプレ屋で似合わぬ学ラン・スケ番姿に身を変えて、当日参加の学生として、ミセス・シンとレイコとともに会場の最後列に陣取って、キンゴとタミは、各々のミッションを果たすべく、机の下にパソコンとプロジェクター、また盗聴マイクを隠し持ち、最前列にスタンバイ。これで用意は周到、準備完とあいなった。

  全席が満員御礼となったところで、今日の主催者にして主役面の羅衆夫人、講師役のその男と、来賓のメラニー議員とその秘書らしき人物を従えながら、会場の中央に開かれた一本通路を連なって、音楽が大音量で響くなか、堂々とご入場のようである。

  -“Veni,Veni、来たれ、創造の主たる聖霊よ(2)”・・・、こ、これは、Veni女たちの会の歌・・・。この壮麗な音楽の打楽器の連打にのって、段々腹々だんだんばらばら、ダプンタプン、ぼよんブルンと、あらゆるお肉を憎々しげに底上げのハイヒールで揺らせ震わせ、羅衆夫人とメラニーが入場してくる・・・。巻き上がった染めものの金パツに、ハエの複眼みたいなメガネ、RGB三原色の彩りよろしきフェイクメイクはもちろんのこと、コーデときたらトップスのジャケットもボトムズのスカートも、メタリックにエキゾチックにギラギラ光るウロコ仕立て。クロム・ランタン・コバルトみたいなその色合いは、ハデに匂える歩く元素の臭気にして周期表のようにも見える・・・-

  テツオが視覚でそのように描写をすると、夫人らが舞台の席や来賓席に着くやいなや、盗聴マイク担当の最前列の席のタミから、SNSでのSOSが入ってくる。

  “臭ッ、くッせえェ、臭すぎますよ、コレ。まるで二人の香水の、窒素で窒息するみたいな・・・”

  視覚から嗅覚ときて次は聴覚、いよいよこれから羅衆夫人の開会スピーチ、高らかにこそ読み上げられるようである。

 

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「みなさァ~ん、こォんにちはァ~。今日は、まぁるいお顔でハスキーのしゃがれ声のこのあたくし、ご覧のとおり、マルク・シャガールの絵みたいにコーデをまとめてみましたの。

  あたくし、本日この会の司会役をあい勤めます、県最大の市民運動ネットワーク“Veni女たちの会”所属、“プチブルマダムの会”会長、そして皆様方ご贔屓の最高級ビュウティーサロン“マダム・ラッスゥ”社長でもある“羅衆(らす)”と申します。本日は、常連のお客様方をはじめ、こぉんなに多くの皆様方、こぉんなに素晴らしい議員の先生方々や、学校の先生方、また学生のぼっちゃま、お嬢ちゃま方に、多数ご参加頂きましたこと、ホントに有難うございます。

  あたくしども“Veni女たちの会”、中でも特にあたくしが会長の“プチブルマダムの会”と申しますのは、関西広域にも渡る市民運動とも連携し、古くから、西国をまわって首尾も吉野山吉野川(3)、津々浦々に勝浦川桂川、そして嵐山に嵐が丘と、歌舞伎ばかりか小説にもなりそうなほど、いくたあまたの環境問題にも取り組んできた実績のある市民団体なのでございます。

  さて、皆様もご存じのとおり、本県でも県内各地のゴミ処理施設の老朽化にともないまして、各市町村共同による広域大型ゴミ処理施設を建設するとの計画が、もち上がってきております。あたくしどものプチブルマダムの会においても、これは得意の環境問題と、今までの実績を活かすべく、他の市民団体を率先して、この問題に主体的に取り組んで参ってきたのでございます。

  あたくしどもは、これを何でも行政お任せではなくて、市民自ら主体的に学習し、そして自ら主体的に行政に提案する好機ととらえ、逢坂の春もゆかしい大阪から、遠路はるばるハンタバルという風に、専門家の先生をお招きして、広く一般大衆向けにオープンカフェースタイルの勉強会を、あたくしのラッスゥを毎回タダで開放して行って参りました。それで、この専門家の先生のお話があまりにも素晴らしくッて、あたくしどもの知らない事でもカユ~イ所に孫の手が届くようにクスグッたいほどソフトたッちに教えて下さるものですから、この先生のお話をあたくしどもに、お口クチュクチュのどチュルンと飲み込ませて、ハイそのまま廃棄物ではもったいなく思いまして、今回の講演会とあいなった次第なのでございます。先生にとりましても、“主婦にこそ聞いてほしいゴミ問題”ということで、今まで同様、この講演会もタダで行って下さるとのこと。今日は先生、またとぉっても素敵なダンディーなお姿でいらっしゃいます。

ア・・、申し遅れてしまいましたが、先生は“平目徹志”さんというお名前で、国の省庁なども諮問するシンクタンク“地球環境衛生研究所”の研究員をお勤めでらっしゃいます。先生は、ゴミや廃棄物問題、またゴミ処理施設等の専門技術的なこと、さらに3.11後は問い合わせも多くなった放射性廃棄物に関しても、技術専門的なお立場から、“あるべきゴミ処理施設”、また“あるべきゴミ行政”、さらにまた“あるべき正しい放射能の知識”など、様々なアドヴァイスやご提言を展開されておられまして、今日は先生、あたくしどものこの県も、ひとつよろしくお願い致します。

  あたくしのどもの会のように、市民自ら学習し、市民運動自らが“ヤラセではなく、死ぬほど実現したい”という強い意識で取り組んでいるこの問題に、一般大衆ばかりでなく、行政職員の皆様方、また素晴らしい議員や学校の先生方、そして未来を担う学生さん達をお迎えして、今日のこの講演会を持てたことはホントウに喜ばしく、この講演会を通じまして参加者全員お互いに“あるべき信頼と友愛のキヅナ”みたいなものを深め合えればいいのかなァ~、なぁんてあたくし個人は主催者として念願しながら、この長時間にも及んだあたくしのご挨拶を、ここでようやく終わりにしたいと思います。

それでは平目先生、ご登壇をひとつよろしくお願いしま~すゥ。」

  と、羅衆夫人は演壇より下り、舞台前、ご来賓メラニーとその秘書の横、司会席に着席する。

 

  そしてこれより、かわって舞台にご登壇、いよいよその平目氏の講演が開始される。

「皆さーん、こんにちはッ! ただ今ご紹介にあずかりました、わたくし平目と申します。いやぁボクは、何も隠すことおまへんけど、ボクは何を隠そう関西生まれの関西育ち、根ッからの関西人で、ゴミ問題も放射能も今日はすべて完済して、皆さんに幸せになってほしいと、講師を勤めに参りましたッ。

  イヤぁ、しかし、便利になったもんでんなあ。ボクがまだ手クセの悪いガキの頃は、連絡船いうのんがありましたけど、大橋できてウン十年、こうしてわずか3、4時間、ドアツードアでも来れるようになりましてん。ボク、今日のこの講演会でも、ちゅるうどんに讃岐うどんと本場本場でハシゴしながら、大阪船場難波からここまで直行、お昼はまたこの県の半田うどんを食べましたんや。」

  と、この平目、講習の本旨に入る前振りを言うのだが、どうやらこれが怪しいようだ。

「だってさ、鳴門のちゅるうどんと香川の讃岐うどんでさ、どうやって大阪からここに直行するのよ。それに半田もここからはメッチャ遠いし・・。」

  しかし、この平目男、前振りもそこそこに、パワーポイント作成画面をプロジェクターにて映し出し、早速今日の本題の“ゴミ問題”へと入っていく。

「皆さん、ボクは先ほど司会の方に、地球環境衛生研究所の研究員とご紹介を頂きましたが、その通り、ゴミ問題を考えるのは、まずはこの“地球環境”を考えるのが第一やいう信念を持ってまんねん。それはすなわち“命の循環!”、そう、何事も命が大事や一番やいうことを忘れちゃアカンと思いまんねや。」

  と、ゴミ問題の入り口としては少々意外な“いのちが大事”が、まずは展開されていく。

「そんなわけで、地球が生まれて何億年、人類生まれて何万年、古今東西だれとはいわん、ギリシャタレスかロシアのイワンが言った知らぬが、宇宙と地球の万物は流転し循環してるってわけなんやけど、ゴミもその例外やないっちゅうことですわ。つまり、ボクがゴミ問題で皆さんに第一に知っといてほしいのんは、“ゴミも資源循環の一つなんや”いうことですねん!」

  と、平目はここで一息入れて、ココが話の最初のキモなんや-みたいな顔をつくる。

「ね! 皆さん、ここが話の第一のポイントでっせ。よろしゅうおまっか。今まで何気に捨ててた後は、ただ燃やして埋めるだけやったゴミいうもんから、まるで“掃き溜めからツル”、また“瓶覗きからカメの頭”が出るように、資源が循環・再生されるっちゅうんですから、資源の乏しい我が国がこれを活かさぬスベはない。ね、皆さんもそう思いまっしゃろ!」

  と、平目が最前列の指定席に座っているプチブルマダムのおばさま達に呼びかけると、おばさま達、しめし合わせたかのように、まるでパブロフのイヌみたいに条件反射でフンフン頷く。

「ほんでね、皆さん。ゴミから資源を循環させるっちゅうことは、より多くのゴミを燃やさないかんし、効率よくするためにもゴミ処理施設を大型化せないかん。で、ただのゴミを燃やすだけなら芸がないから、ここでついでに食品の廃棄物や森林の伐採なんかで出た材木を、県外からも多数集めて処理すれば、今流行のバイオマス発電いうエネルギーの循環にもつなげられるっちゅうことですわ。」

  と、平目がここでそのゴミ施設を拡大してスクリーンに映し出すと、そこにはカネダケのロゴマークがはっきりと目に入り、また大きく“浄化ぁ(ジョーカー)”との表示も見える。

「たとえば、ホラ、コレ、この施設です。これ我が国で最新鋭のものでっけど、これ一基で各市町村の広域化、資源循環、発電までもがワンセット。効率化によるコストダウンのその上に国の補助金まで付いてきます。まさにコレ、道頓堀に掲げられたランナーの看板みたいに、“一粒で何度もおいしい”思いができるっちゅうヤツです!」

  と、平目は自社の製品を自慢するのか、満面のドヤ顔つくり、“浄化ぁ”の写真を次々見せて、特にそのストーカー炉をストーカーをやるみたいに、しつこく、ねちこく繰り返し宣伝する。

「そんでね、皆さん。ホラ、最近、ゴミ問題の解決の基本はまず、“ゴミを出さない”とか、“ゴミゼロ運動”とか、言うてる人がいますやん。あれって一見、地球環境にええような気がしまっけど、ボクから見れば、ダメダメ、ちゃうちゃう、アカンアカン。あんなん言うヤツ、アホやがな。ゴミを出さん、ゴミゼロなんかを本気でやったら、ええかげん中国なんかに越されてしまったこの国の経済が、ますますダメになりよります。それをこれから説明します。」

  と、平目はここで画面を切り替え、ドヤ顔とはいえないだろうが、ある人物の顔を映す。

「この人物はだれあろう、ダレスではありまへん。この人物の名はJ・M・ケインズ。写真ではアルカイックスマイルやけど、話はこれからアカデミックスタイルへと入っていきます。

  皆さん、20世紀を代表する物理学者はアインシュタイン、と言われるのと同様に、20世紀を代表する経済学者J・M・ケインズ。そのアインシュタインの世界一有名な式である“E=mcの二乗”と同様に、ケインズのこの式もまたとっても有名です。

  “所得(Y)=消費(C)+投資(I)  所得(Y)=消費(C)+貯蓄(S)”(4)

  皆さん、ここで注目すべきなのは、ホレ、ココ。要は、この消費(C)が増えんことには、所得が増えんいうことですわ。せやから、なんぼ消費税を増やされても、消費はやっぱり増やさないかん、せないかん。これかのアインシュタインと並ぶほど超有名なケインズの言う事やから間違えおまへん!」

  と、平目は自分をケインズで、権威づけたいようである。

「皆さん、消費が増えるっちゅうことは、すなわちゴミも必ず増えるっちゅうことです。我が国が中国なんかに負けへんように、経済大国であり続け、国民所得が増え続けるそのためには、ゴミもどんどん増えなあかん、出さないかん。ゴミなくせやゴミゼロなんかは、経済人のボクらから見るとやね、経済わからんボンクラの言うことだっせ。そんなことより、消費を増やしてゴミも出して、その増えるゴミから資源を取り出し再利用して、経済を好循環させながら循環型社会を築いていくのが、この先進経済大国のわが国民に課せられた使命なんとちゃいますやろか?」

  再び大いに頷いている最前列のプチブルマダム。しかしこの頷きがウェーブとなり、会場の前半にまで余波が広がるようにも見える。

  ここで話の前半も終わりのようで、講師用の水差しから水を一杯飲む平目。今やその表情からは、“今まで同じような事を何度も言うてきたんやでぇ”というような場馴れの余裕と、コップごしにチラリと覗くその目からは、聴衆への露骨な侮蔑感までもが伝わってくるかに見える。

 

  水を飲みほし、さてその次、平目はこの講演の第二主題へと入っていく。

「では、皆さん。次にこのゴミ問題の原発事故後のニュープロブレムともいうべき“放射性ゴミ、放射性廃棄物”についてお話しようと思います。そのためにはまず“放射能とは何なのか”という話から入りたいと思います。

  皆さん、よう聞きますよね。“放射能はコワイコワイ”って。そりゃそうでんがな。だってうちら我が国民は、かのヒロシマナガサキ経験した唯一の戦争被爆国やというさかいに。“放射能はコワイコワイ”、それは確かにこのボクも、皆さんのそのお気持ち、よぉわかります。」

  と、平目はヒロシマナガサキから入り、いかにも放射線による被ばくリスクに共感をするかのような口ぶりで話し始める。

「でもね、皆さん、考えてもみて下さい。ヒロシマナガサキいうのんは、あれはあくまで悪魔の兵器“原爆”による被害であり被ばくであって、戦争でもない限りあり得へんことなんです。せやから、単に放射能やいうだけで、何もかんもヒロシマナガサキとゴッチャにされて“放射能はコワイコワイ”言うんやったら、この平和な世の中、X線もガンの治療もコワイコワイで、助かる命も助からず、こっちの方がよっぽどコワイんちゃいまっか?!」

  と、平目が会場前部を見渡すと、頷きのウェーブが所々で起こっている。

「せやから皆さん、ボクがよく講演会で言うてますのは、放射能はコワイコワイとカンジョー的になるのをやめて、これからはカガク的になろうやないかということです。ここで極めて大切なんは、大人でも子供でも“正しい放射能の知識”を持ついうことです。皆さん、よく言われます。放射能は五感では感知できんし科学やから難しくてわかりにくいと。せやけど、ボクの講演はそんな難しい放射能を、皆さん、サルでもヒルでもわかるように、わかりやすうに解説します。」

  と、平目は画面を切り替えるのだが、そこには確かに幼児向けとも思えるような、とても簡素なマンガ絵が表示される。

「皆さん、まず放射能放射線には、α・β・γ線と、3種類あるわけです。これジャンケンポンで、グー・チョキ・パーと3つあるのと同じです。α・β・γ=グー・チョキ・パー、簡単でっしゃろ!

  で、まず、このα線。これはヘリウムの原子核と同じで重さがあるから、そんなに遠くに飛べへんし、何よりただの紙さえも通りまへん。α線プルトニウムが出すいうからコワイコワイ言う人がいますけど、そんな飛ばんし紙さえも通らんもんは、パーに負けるグーみたいな、チリ紙出されてブーッと鳴るいうどころかグーの音も出やしまへんで。せやからこのα線、ぜんぜん心配ありまへん!

  つぎにこのβ線。これは電子線いうヤツで、要は電子が飛んどるわけです。電子が飛ぶいうたかて、そんなイメージわかんもんを解釈=ソリューションするためには、そう、素粒子の知識が要りまんねん。せやけど、そんな難しいこと言わんでも、電子が飛ぶのはミクロの世界で四六時中やってること。β線ストロンチウムが出すいうからコワイコワイ言う人がいますけど、電子が飛ぶからこそ原子、分子、元素って物質が出来上がるんです。せやからこのβ線も、ぜんぜん心配ありまへん!

  では最後にこのγ線。これはいわゆる電磁波で、ラジオやテレビの電磁波の仲間やから、すでに日常あふれとる。実はあの3.11原発事故で漏れ出たいうのが、このγ線を出すセシウムです。ちなみに、さっきのα線出すプルトニウムや、β線出すストロンチウムは、原発事故では“もれ出てません”。漏れ出たのはこのセシウム。せやけど漏れ出たいうたかて、たかが数kgほど、主婦がママチャリで米運ぶほどの重さにすぎんいう説もあり、60兆個の細胞をもつ人間がたかが数kgほどで何を騒ぐ必要があるんやと、ボクなんかは思うのやけど、何かにつけて放射能がコワイコワイとストレスを溜めたがる放射脳な連中が何でこのセシウムγ線で騒いどるかといいますと、コレ、この図のように、“γ線は人体を突き抜けて、遺伝子やDNAの分子を電離=イオン化して切断する”(5)と、まぁこう言いよるわけです。

  たしかに電磁波いうたらね、場合によっては危ないっちゅう話もありまっから、そのために“Sv=シーベルト”いうもんを測定してます。シーボルトとちゃいまっせ。オランダ医学はシーボルト、車に乗ったらシートベルト、放射能の人体用の基準値はシーベルト、というわけです。そこで超有名なのは、“100mSv未満は安全・安心。子供は外で遊んでいても大丈夫。笑っておれば放射能の方から来ない”というものです。せやから、原発敷地外ではまず100mSvはあり得へんから、このγ線も、ぜんぜん心配ありまへん。

  それにだいたい放射線いうのはやね、自然放射線いうのんが元々あって、宇宙はもとより地球にもずぅーとあったもんなんです。カリウム40いうような天然の放射性物質もありまんがな。せやからボクら生き物たちは、宇宙や地球の循環のなか放射線を日々浴びとったいうわけで、今さら騒ぐもんやない。

  それにね、ボクは今、シーベルト(Sv)いうのを言いましたけど、放射能の測定値として有名なのはもう一つ、ベクレル(Bq)というのもあります。この測定値が2つあるいうのんが、ますます放射能をわかりにくうにしてまんねん。たとえば長さにしてみても、インチとセンチと2つもあるから、だまくらかされてインチきされても、逆にセンチになったりする。ボクも講演するたびに、“先生ぇ、放射線にはα,β,γ線と3種類、その上さらに測定値にもSvとBqと2種類あって、もうわけがわからん、不安やわあ!”って言われますけど、ボクは毎回、こう言うてます。

  “ちゃうちゃう、ちゃうねん、ちゃいまんがな。そんなん気にせんでええ。気にしたら負けや。おばちゃん、ええか、覚えとかんといかんのは、『100mSv未満は安全・安心。クヨクヨ、ウジウジ、ストレス溜めるのよっぽどコワイ。タバコの方がよっぽどガンのリスクが高い』-こんだけでええねん。今日の講演の土産にな、こんだけ覚えて帰ってくんなはれ”って。

  皆さん、知っとくのはせいぜいシーベルト(Sv)だけでよろしおまっせ。シーベルトが同じであれば、被ばくの仕方が何であれ全部同じで、その基準値は100mSvやということです!」

  平目の“正しい放射能の知識”に関する話とは、どうやらここらで終わりのようで、そんなことより、彼にとっては本題の放射性ゴミ・廃棄物を処理する話に移ろうと、すばやく画面を切り替える。

「皆さん、そんなわけで、放射能は実はそんなにコワくないってわかってもらえた思いますけど、それでもやっぱり放射性ゴミ・廃棄物が燃やされるのは気色ワルイと、1%は思うもの。でも皆さん、これですら安全・安心いうお話をこれからしたいと思います。

  皆さん、この画面を見てください。これは“バグフィルター”という、ゴミ処理施設の煙突なんかに付けよるもので、これさえ付ければ放射性微粒子があったとしても99.9%取り除くことができます。99.9%取り除けるって、まるでマダム・ラッスゥのシワトリ・シミトリみたいやけど、あれは所詮は隠すだけ。でもこれは、隠すよりも大気中にはそもそも出さんいうことなんです。じゃあ、水に溶けたらどうすんねん-いうことやけど、それも施設内だけで水を循環させるというクローズドシステムを採用すれば、同様に川にも海にも出されへんいうことですわ。」

  と、平目はここで再び“浄化ぁ”の写真を出して、またくどいほど宣伝をするのだった。

「ね!皆さん、これで放射能はコワくない、また、放射能は99.9%取り除けるから安全・安心いうボクのお話、この県の皆様にもよォ~くわかって頂けたかと思います。

  それでそろそろ時間となりましたけど、ボクは講演の最後にね、毎回必ずこう言うてます。それはボクのこうした話を聞いて、“決めるのは、判断するのは、あくまでも住民さん、市民さん”やいうことです。ボクはプロの専門家として、ボクが知ってる事実を単に客観的に紹介したにすぎません。ここでボクが言う“事実”とは、あくまでも“相対的な事実”であって、“絶対的な事実”ではない、ということです。ボクも皆さんと同じように主観を持つ人間の一人ですから、当然、自分の主観で認識できる範囲内での相対的な事実までしか語れないという人間性の限界の中にあります。ですから、ゴミ処理施設の広域化も大型化も、放射能の安全も安心も、結局、決める判断するのは、あくまでも住民さん、市民さんやいうことです。そしてそれは住民自治、市民自治たる皆さんの権利である、ということです。」

  と、平目はここで余裕で笑うと、自分の仕事はやり終えたみたいな感じで、ドヤ顔も充実させて会場を見回している。司会者の羅衆夫人もにこやかに、“それでは会場からのご質問は?”と問いかける。

 

  早速、スケ番姿に扮したヨシノが手を挙げる。

  羅衆夫人が、見えにくそうに、またイヤそうに目をしかめつつヨシノを当てると、係りの者が渡したマイクを握りしめ、ヨシノは平目に問いただす。

「講師に以下の質問を、まとめてしたいと思います(6)。

  まず1点目。原発事故で漏れ出たのはセシウムだけで、プルトニウムストロンチウムも漏れ出てないとの明言がありましたけど、3.11原発事故ではプルトニウム239で32億Bq、ストロンチウム90で140兆Bq、セシウム137で1.5京Bqが放出されたとのデータがあります。講師はウソをついているのではないですか? しかも、セシウム漏れてもたかが数kgと言いましたけど、なぜきちんとBqで言わないのですか? あえて換算することで過小評価し、誤魔化そうとするのですか?

  2点目。α,β,γ線ともぜんぜん心配ないとのことですが、ヒロシマナガサキの“外部被ばく”と異なって、原発事故による場合は、人体が呼吸や食品等を通じて放射性微粒子等の放射性物質を吸収すると、核種によって親和性のある臓器がそれを長期間取り込むために、体内から恒常的に放射線を浴び続ける“内部被ばく”が起こるのです。その内部被ばくで、セシウムγ線放射線エネルギーが66.6万eV(エレクトロンボルト)、プルトニウムα線のそれが510万eV、これが人間のたかが数eVのDNA塩基結合に当たることでDNA鎖が切断され、ガンや白血病をはじめ、心臓、脳、肝臓、甲状腺、腎臓、脾臓、骨格筋、小腸などのあらゆる臓器に対する被害や、免疫低下が起こるのです。

  さらに、体内では低線量の方が高い確率で細胞が破壊されるという“ペトカウ効果”や、遺伝子の分子切断が生じると、放射線が当たっていないその周辺の細胞までもが変成を受けるという“バイスタンダー”効果というのも知られています。

  これらのことが、チェルノブイリ事故によりすでに知られているにもかかわらず、なぜ、これらの話が一つもないのに、ただ安全・安心と言えるのですか? 核を保有したいがために、都合の悪いことはすべて隠すつもりですか?」

  しかし、司会の羅衆夫人は、ここでヨシノの発言を中断する。

「質問は一人一つとして下さい! 一人だけでベラシャラベラシャラしゃべらないで。民主主義なんでちゅからね。あなた一人ではなくて、それぞれの選択や、いろんな人のいろんな意見がありますのよ。お嬢ちゃんはあたくち達が勉強会をやっている“憲法”を、ご存じないのォ?」

  だが、ヨシノは今日のそのスケ番姿よろしく、舌鋒するどく突き返す。

「はぁッ?? 民主主義ィ? 憲法ですって? それぞれの選択ゥ??

  ふざけるなッツ!! いい加減、子どもと思ってナメんなよ。100mSv未満が安全・安心なんてのは、赤信号でも安全いうのと同じでしょうが! 国際基準の空間線量年1mSvを勝手に20mSvに引き上げて、国全体が違法行為をやっといて、国民もほとんど反応できないし、選挙の争点にさえならない。それで何が民主主義だ、憲法だ! それで文句があるのなら、質問に答えてから言いなさいッツ!」

  会場後部のVeni女の席からは、この反撃にヤンヤヤンヤの大喝采。だが、意外なことに、会場前部の議員からも、同調する声が聞こえる。

「そうだよ。講師の説明、特定企業の製品ばかり宣伝して、おかしいよ。放射能の放出データがあるのなら、きちんと説明するべきだよ。」

「質問した女の子はグレてるのかもしれないけど、ここはグレタさんみたいに発言をさせるべきだよ。」

  議員たちには、よろず利権をファミリーとお友達とで独占するメラニーに反感を持つ者もおり、また差し迫る選挙のためにもイイ顔しようとする者もいるみたいだが、とにかくヨシノはそのまま続ける。

「では3点目。まさにこの“100mSv未満は安全・安心”なる悪名高いフレーズについてです。

  2005年のイギリスの『BMJ』に出た論文には、15か国の原子力施設労働者40万7千人の追跡調査で、個人の被ばく累積線量は平均で19.4mSvとあり、これにより20mSvが一般人にはいかに高くて異様な値かということがわかります。その調査の中でガン死した人の1~2%は放射線が原因との報告があります。また、2008年の米国アカデミーの報告では、5年間で100mSvの低線量被ばくでも約1%の人が放射線に起因するガンになるとしています。

  さらにまた、チェルノブイリの先例では、1986~1997年の診断例にて、ウクライナの小児甲状腺ガンの発生率の36%が50mSv未満、51.3%が100mSv未満との報告もあります。

  その他にも類似の例はありますけど、以上のことを見るだけでも、100mSv未満は安全・安心というのは、悪意に満ちたウソであり、人によって感受性や年齢差や個人差がある放射能には、少なくとも“安全・安心な値はない”というべきなのではないですか?

  それに第一、もし本当に100mSv未満が安全・安心なのだとしたら、どうして病院内の放射線管理区域が3か月で1.3mSv、年換算で5.2mSvで、その中では18歳未満の作業と飲食が禁止されているのですか?

  また、自然放射線と人工放射線の違いについても、そもそも人類が何万年もの進化の中で適応してきた自然由来の放射線と、それに対して原爆以来たかが100年足らずの間に突如出現した人工放射線とでは、Svが同じであれば全く同じと言えるはずがないのではないですか?

  4点目。シーベルト(Sv)と、ベクレル(Bq)の違いについて。1Bqとは1秒間に1個の原子核が崩壊して放射線を出す放射能の能力を表わす単位で、簡単に言うならば、1Bqとは1秒間に1本の放射線が出ると考えていいでしょう。だから10Bqの食品を食べれば、1日で10本×60秒×60分×24時間=86万4千本の放射線にもなります。毎日10Bq摂取すれば、1年後には約1400Bq程度の体内蓄積の状態となり継続し、これが体重20kgの子供からば70Bq/kg相当となり、90%程の人が心電図に異常をきたすという報告だってあるのです。

  このBqは物理的に測定できる単位ですが、人体への影響を統一的にあらわせる単位としてのSvは、Bqから実行線量係数というものを介して換算できます。したがってBqは物理量でも、Svは係数しだいで改変できる人為量との側面があり、ECRRは一般人の許容限度の年1mSvを年0.1mSvに、原発労働者のそれを年50mSvから0.5mSvに引き下げるべきだとの主張をしています。

  講師はこのBqを退けて、Svだけでいいと言いましたけど、今言った問題点を知った上での発言ですか? それともBqを排除してSvだけの表示とし、ゆくゆくは係数を改変して過小評価したいみたいな企みがあるのでしょうか?

  最後に5点目、バグフィルターについてです。99.9%回収できるという話、常識的に考えてバグフィルターの素材、未使用や使用の程度で回収の効果は変わるのではないですか? バグフィルターが未使用の状態では5μm(マイクロメートル)なら8割程度を集塵できるが、1μmを下回ると3割程度しか集塵できないとの報告があります。また、粒径2.2μmより小さいものは、セシウム134で63%、セシウム137で64%を占めていたとの測定もあり、これでどうして99.9%回収との断言ができるのでしょうか?

  それに、仮に99.9%回収ができたとしても、0.1%は回収ができないので、40万Bq/kgなら400Bq/kg、4万Bq/kgなら40Bq/kgは空気中に逃げていくことになりますよね。だから99.9%も外部に漏れないようにするためには、その施設内部を大気圧より低くするしかないのではないですか?

  でも、あたしなんかは、これだけ原発安全神話で騙されておきながら、今さら更にバグフィルターの安全神話で騙される市民の方もバカだと思いますけどね。

  これらの5点を見るだけでも、講師の以上の説明は、いずれもウソか、悪意に満ちたデタラメか詐欺の類で、あたしたち次世代の子や孫たちを、予防原則に基づいて保護しようとする考えは全く見られず、それどころか原発事故後もさらに二次、三次の被ばくにさえ晒し続けようとする。これはまるでナチ収容所の医師ヨーゼフ・メンゲレもどきの犯罪なのではないですか?

  以上、5点の質問に、今からこの場で、講師自身の責任ある回答を要求します!」

  と、ヨシノはその場で起立したまま、平目の答えを待つ構えでいる。

  会場後部のVeni女たちはもちろんのこと、今や前部の議員席のあちこちからも拍手が起こる。連れてこられた学生たちは、自分たちと同年齢のヨシノを見ようと振り返り、教育委員会や学校の先生たちは、自分の意見を主張する生徒の存在そのものが信じられないような顔だ。

 

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  さっきまでドヤ顔だった平目はここで、イヤ顔になりながらも渋々とマイクに向かう。

「・・あ、あのね、お嬢ちゃんね・・、あんたの質問、多すぎまんねや。しかもえらい早口で、聞き取れやせん。大人の会議や講演で、質問する礼節いうのを、知らんのちゃうか。」

  すると、最前列にいたキンゴが、隠していたパソコンとプロジェクターをいつの間にか起動させ、スクリーン横の壁へと映して、立ち上がって発言する。

「今の彼女の質問は、項目ごとに画面に映し、要点も記してますから、順に回答してください。まず、プルトニウムストロンチウムが漏れ出てないとの“ウソ”については、どうなんですか?」

  すると平目は、手のひらを返したように開き直る。

「君らえらい上出来やなあ! 人の言うことウソ言うんなら、証拠の数字を見せたらどうや? ボクはあくまで事実をやな、“事実”を言うとるんやさかいに。」

  するとキンゴは画面を切り替え、データーの一覧表を映し出す。

「これは表題にある通り、『2011年3.16までの大気中への放射性物質放出量』というもので、2011年6.6公表、原子力安全・保安院IAEA報告資料と記されているものです。この中に、放出量の試算値として、セシウム137は1.5×10の16乗Bq、ストロンチウム90は1.4×10の14乗Bq、プルトニウム239は3.2×10の9乗Bqとあり、また、甲状腺ガンの原因のヨウ素131は1.6×10の17乗Bqとありますよ。」

  画面を前にし、平目はわざと見えにくそうに顔をしかめる。

「・・たしかに、保安院って書いたるな・・。アイツら逃げくさってばかりのクセして、こんなもん残しやがって・・。上から読んでも下から読んでも“ホアンインゼンインアホ”(7)いうのんは聞いたことあるんやけど・・・。

  い、いやね、誤解をしてもろたらいかんねんけど、ボクが“漏れ出てない”言うたのは、“原発の敷地外には漏れ出てない”いう意味なんやで。そりゃ君たちは、原発のウチとソトとを混同してるわ。」

  しかしキンゴは、また次の画面に切り替える。それは『ストロンチウム90の測定結果』という表題の、複数の県に渡った広域地図で、そこには測定値がBq/㎡単位で点々と記されており、2012年9.12文科省報道発表となっている。そしてキンゴは付け加える。

「8000Bq/kg以下を従来の放射性物質の管理から外してゴミとするということにおいては、その対象核種はセシウムだけで、ストロンチウムは測定をされていません。しかし、このデーターが示す通り、実際に放出されたストロンチウムも測定し、その危険性を知らせるべきではないですか?」

  平目は初めて見るかのような顔をして、画面を見つめる。

「・・今度は文科省のもんかいな・・。アイツらこそ20mSvの張本人で、また業者のボロ儲けになるような受験制度を企んで、受験生まで利権の喰い物にしとるクセに・・。アイツらこそ“身の丈にあった”仕事をしろと言いたいわ・・・。

  あんな、誤解をしてもろたらいかんねんけど、ボクが“もれ出てない”言うたのは、こんだけ放出された以上、“もう、俺、手ぇ出ない”と言ったのが、ボクが関西弁で早口やから、君らにはいかにも“漏れ出てない”と聞こえたんとちゃうやろか・・・?」

  しかし、平目のこの発言には会場中から、“誤解、誤解って、政治家みたいな言い訳すんな!”と激しいヤジが飛んでくる。だが、平目はやはり開き直って、なおかつ逆ギレし始める。

「あんね、君らね、君らのような人たちがこんな事を言いよるさかいに、“風評被害”が起こるんやで! 君らのような発言が、風評被害や差別を生んで、“復興”を妨げよんやで。ボクがこんなに被災地のため国民のため頑張ってるのに、せやから君らみたいなもんは“非国民”や言われよるんじゃ!」

  ヨシノもキンゴも抵抗の意志を示したまま立ち続けるなか、今度は最後列のテツオが立って、マイクなしで声を大にし発言する。

原発事故で放出された放射性物質とその量とを聞いているのに、その回答がどうして“それを聞くのが差別を生み、風評被害をもたらして、復興を妨げる”になるのですか?

  放出された放射性物質による汚染とは、あたかも米軍基地のように特定の県内だけで納まるから、その県民さえ棄民して黙らせればいい、というように考えているのでしょうか?

  それに本気で“復興”を目指すのなら、なぜ次世代の若者や子供たちに対して、レントゲン室等年間5.2mSvの放射線管理区域よりはるかに高い20mSvに晒したり、100Bqまで食べさせたり、ましてや100mSv未満は安全・安心と言いくるめたりするのでしょうか? 次世代の若者や子供たちの生存権と生存圏を侵害しておきながら、予防原則に基づいて子供たちを守らぬ大人に“復興”を語る資格など、どこにあるというのですか?

  次世代と子供たちを守るより、核の保有原子力ムラ・安保ムラの利権を守るためだけに、人々の間にあえて“差別”を持ちこんで、人々をいがみ合わせて、自分は保身と出世とカネのためにウソつきとおす卑劣さを、あなた達はいったいいつまで続ける気ですか?!」

  このテツオの発言に、学生たちはまた振り返り、会場の大勢からは拍手が起こる。

  しかし、司会席から立ち上がった羅衆夫人、マイク片手に金パツとジャケットとを光らせながら、それらを遮ろうとする。

「皆さァん、不規則発言はやめて下さい! ここの司会はあくまで飽くまであたくしなのよ。それをどこの不良の生徒か知らないけれど、バイオレットな学生服に、バイオレンスなその言動。これ以上の私物化はソーリ、ソーリィと謝られても許ちませぬから。あたくしは司会者としてカタヨッタ見解や、暴力的な威嚇などで、乱れた秩序を取り戻さねばなりません。ここはあくまで民主的に、他の人たちにも意見を言ってもらいますッ!」

  と、羅衆夫人は前列で、おそるおそる挙手をしているプチブルマダムを当てて言わせる。

「こ、講師のセンセのおっしゃる施設は、ホントにホントに世界一で、ここで再び確かめたくて・・・」

  すると平目は喜び勇んで“浄化ぁ”の画面に戻し、それ自体が循環をするかのように、またも同じ宣伝をしようとするが、さすがに会場のあちこちからは、ブーイングの雨あられ

“議長ぉッ!公平にやりなさいよ! 何で同じメーカーの宣伝ばかりやらせるのよ?!”

“私物化はあんたでしょ。暴力で乱れた秩序を取り戻すって、あんたはまるでリンテイゲツガか?”

“あの女子の質問に答えなさいよ。答えないのはやっぱり自らウソでしたと、認めてるのと同じよ!”

  しかし、こうしたヤジが先制して起こるのを待ち受けていたかのように、会場前部の最後列に並び座った男たち、いっせいに振り返ると、コワそうな人相をさらに悪どくゆがませながら、ヤジ倍返しを仕掛けてくる。

「おらぁーッ、おどれらヤジやめんかい、ボケッ!!」

「お前らみたいなもんをやな、非国民いいよるんじゃ、タコッ!!」

「さっさとこっからいにさらせ、カスッ!!」

  だが、テツオはここは慎重に、男たちに落ち着いて、変化球を投げてみる。

「大恩教主の秋の月は、涅槃の雲に隠れ・・・、」

  すると、やっぱり、

「おら、おんどれ・・ボケ、・・非国民・・タコ、・・いにさらせ・・カス・・」

  と、オウム返しに返ってくる。

「シンさん、やっぱりただのバイトです。気にせず次の作戦へと移りましょう。」

  そこでミセス・シンは、クジャク羽根の帽子を被って立ち上がると、冊子を片手に“動議!動議!”と叫びつつ、ウェッジソウルの上げ底靴をバタリバタリといわせながら、ダンボール箱を手に抱えたヨシノママを従えて、舞台前方へと向かっていく。そして羅衆夫人が立ちつくす司会席にたどり着くと、マイク片手に冊子を開いて読み上げる。

「Veni女の会の会則・第24条に、“本会の名を用いた会は、全会員の過半数の出席ないし同意があれば、その会をそのまま総会とすることができる。”とあり、また同第25条には、“総会においては議長は複数選任し、また途中で交代せねばならない。”とあります。以上により、Veni女の会主催と名乗ったこの講演会を、これよりVeni女の会総会とし、また議長をわたくしシンが交代するという動議を、ただ今ここで提案します!」

  ミセス・シンのこの動議に、会場のプチダム以外の全Veni女の会員たちは“異議なし!”と唱和して、いっせいに立ち上がる。

「ち、ちょっと、何よ、あんたたち、そんなド派手なコーデして。過半数って、この会場のちょうど半分、後半席しかいないじゃないの!」

  と、反駁する羅衆夫人を前にして、ヨシノママがダンボール箱をドンと置き、その中に満載の“委任状”を開いて見せる。

  つづいて共同代表タカノ夫人が立ち上がって、宣言する。

「Veni女たちの会共同代表のタカノです。その委任状だけでもすでに全会員の過半数に達しており、またそこには“共同代表に一任する”との文言も入っています。したがって、私は本会に出席した会員の賛同の意志に基づき、この動議に賛成します。現議長は解任され、ただちに退かねばなりません。」

  これを受けてミセス・シンは、それでもどこうともしない羅衆夫人の横に立ち、マイクに向かう。

「それでは、先ほど質問された女生徒の方、もうここからはVeni女の総会ですから、自由な議論ができる場です。つづいて何かありましたらお願いします。」

  と、ヨシノは再びマイクを握り、では最後にと、述べ始める。

「あたしが読んだ『チェルノブイリ被害の全貌』という書に、こんな記述がありましたので紹介します。

  “チェルノブイリ後に緊急防護策が何もとられなかったブルガリアにおける被ばく線量は0.7~0.8mSvで、食料品への安全対策を行ったノルウェー人の平均と比して約3倍であり、ブルガリアの方がノルウェーより汚染の程度は相当低かったにもかかわらず、このような不均衡が生じたのである。・・・、放射性核種は、土壌から植物へと吸収され、食物連鎖と濃縮とをともないながら、自然の半減期等で放射能は減っていっても、人々の放射線被ばく量は増加し続ける。・・・、今後、少なくとも6世代から7世代に渡って、放射線被ばく線量を抑えるための特別な対策を講じなければならない。・・・、放射能汚染は、放射性崩壊や核種の変化に見られるとおり、動的な変遷をともなって、持続的なモニタリングと管理とを必要とする。セシウム137とストロンチウム90については、少なくとも今後150年から300年が要監視期間となり、さらに幅広い放射性同位体による汚染もまた動的に変化するため、不断のモニタリングと管理とが半永久的に必要となるだろう。”

  この会場にいる、特にあたしと同世代の学生たちに、あたしが敢えて言いたいのは、こんな話を今までどこかで聞いたことがありますか?ってことなんです。

  もし、どこでも聞いたことがなく、まったく初めて聞く話なら、原発事故後何年もたってるのに、ネットやいろいろあるというのに、知ろうと思えば真実を知れるというのに、あんたら今まで何やってんの? あんたら自分の身はだれが守るの? だれも助けてくれやしない。あんたら自身が自らを守るしかないんだよ。もう高校生にもなったらさ、甘えんじゃねーよ!と、言ってやりたい・・・。

  以上であたしの発言を終わります。」

  振り返ってヨシノを見つつ聞いている学生たち、その中には発言をメモする者もあらわれる。

  いきなりのクーデターで、その鉄面皮も面食らう羅衆夫人。しかし、夫人は司会席より仕方なく退くものの、不敵な笑みを浮かべつつ、何やら目くばせする様子。

  教育委員会と学校の教師たちは、ここでメモを中断させて、生徒たちにいっせいに退席するよう指示を出す。だが生徒たちにも抵抗する者がいて、小ぜりあいの声が聞こえる。

  それを見たテツオは再び立ち上がる。

「みんな、自分の頭で考えるんだ! だれも守ってくれやしない。自分で自分を守るしかない。そのためには自分一人で勉強して、自分の頭で考えて、行動するしかないんだよ!!」

 

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  その発言を受けたのか、抵抗する生徒の中から、一人の女生徒が立ち上がって言葉を発する。

「私はあの先輩方の言う事は正しいと思います。放射線の内部被ばくの健康被害は、チェルノブイリの先例により明らかであり、これを否定する方が不条理かつ不誠実であるのもまた同様に明らかです。

  講師が今まで言ったことは、原発安全神話をただ単に放射能安全神話にすり替えたにすぎないもので、二度も同じ原子力ムラ・安保ムラの利権のための安全神話に騙される方こそ異常です。

  皆さん方大人たちは、ヒロシマナガサキの同じ国民であるにもかかわらず、チェルノブイリと同レベルの最悪級の原発事故で放射性物質が大量に放出されても、放射能は安全・安心・問題ないとウソをつき、私たちに被ばく由来の健康被害が生じても、因果関係が証明されないと棄民する気でいるのでしょうけど、それってとっても卑劣で卑怯だと思いませんか?

  この講演会にしてみても、あの先輩方がいなければ、私たちはまた騙され続けていたのだろうと思います。どうして学校も先生方も本当のことを教えようとしないのでしょうか?

  今日のあの講師のように、ウソ・デタラメを言って騙しておきながら、“決めるのは住民・市民”と逃げ口上まで用意するのは、またとても卑劣で卑怯なやり方だと私たちは思います。」

  会場の大勢からは、この女生徒の発言を支えようとするかのように、大きな拍手が送られる。

  しかし、今度は、学校の教師の一人が立ち上がってテツオを指さし、恫喝する。

「そこの不良ッ! 善良でまじめな生徒を扇動するな! お前ら、どこの高校だ? それともどこの反対派だ? いくらもらってここに来た? 言ってみろ!」

  だが、これにレイコは即立ち上がり、腰に手をあて指さしながら、大声で怒鳴り返す。

「この子たちは、私ンとこの生徒たちで、私がその担任だ。今のあんたの発言は悪意にもほどがある!

  私たちはカネで心を売ったりしない。あんたたちと一緒にするな! あんたはそれでも教員かッ!

  謝れぇえッ! 今からすぐにこの子たちに、謝れぇーッツ!!」

  レイコの声があまりに大きく、その怒髪天をも貫ける怒りのオーラもまた凄まじく、広いホールは水を打ったかのように静まりかえるが、テツオはレイコを手と目で静止して、落ち着いて言い返す。

「“自分の頭で考えろ”ということが、どうして“扇動”に当たるのですか? 

あなた達は教師のクセして、自分自身で放射能もSvもBqも勉強しないし考えようとさえしない。国や県や委員会が“100mSv未満なら安全・安心”と言えばそのまま、ただ“上が言ってるから”という責任逃れを得ただけで、生徒に教えて従わせようとする。それでどうして子供が守れるというのですか? それでどうして教育者といえるのですか? 

  給食にBqを混入させ、放射能安全教育でウソを教えて、子供たちを被ばくさせておきながら、あなた達には職業教育者としての“良心”が、あるのですか、ないのですか?」

  ここまでテツオが言ったところで、会場前部の最後列のコワそうな男ども、またいっせいに振り返ると、今度は全員立ち上がり、揃いも揃って一列で、テツオらのいる最後列へと向かってくる。

  -ヤ、ヤベエ・・。俺、ついに、殴られるのかも・・・-

  しかし、男どもはテツオたちをすりぬけて、全員そのまま会場後ろの出口から、立ちさって行ってしまった。

「ち、ちょっと、あの男たち、今からが肝心なのに、何でこんな時に帰っちゃうのよ・・?」

「彼ら全員時間給で、これ以上は10分置きに割増料金いりますし、消費税の増税分も削減しないといけないので・・・。」

「でも、私はあんたに、こんな時のためにこそ手配が必要なんだって、言ったでしょーにッ!」

「・・しかし、追加料金は経費削減だからダメって、言われたのはセンセイですから・・・。」

「!、ちーがーうーだーろーッツ!!」

  男どもが出たあとを、埋め合わせるかのようして聞こえてくる不思議な会話・・・。実はこれ、最前列のタミにより、開場後すぐ人の来ぬ間に仕掛けられた盗聴マイクが、舞台付近の来賓席から拾ったもので、どうやらこれはメラニーとその秘書との会話のようだが、それがテツオの席に置かれているスピーカーから聞けるのだった。

 

  しかし、この会話のその他にも、今や舞台の袖で交わされているらしい羅衆夫人と平目との会話までもが、同様に仕掛けられた他のマイクから拾われて聞こえてくる。

「・・・なあ、おい、ラッスゥ。おまはん、コレ、話、ぜんぜん、ちゃうやんけ・・・。

  おまはんが言うてた話は、今日のこの講演会は、当社の“浄化ぁ”をこの広域ゴミ処理施設へと売り込むっちゅう“メラニー案件”をやな、県市町村の議員どもや、行政職員の連中らに飲ませてスタートラインに乗せるために、いかにも多くの市民らの強い支持を得ていると見せかけるハレ舞台いうことやったんとちゃうんかいな? これやったら、まるで左翼のクソども反対派の集会やんけ。

  ボクはこの浄化ぁの売り込みをやな、“メラニー案件”ちゅうことで特別に社の根回しして、何十何百億円もの稟議書とおして、今度こそカネダケクリーン大阪支店の支店長になれると思うたさかいにやな、今までこれほどクソ高いハイヤー代も研究所の経費からネコババして何度もこの地にやって来た言うたやんけ。

  ほんで今日の講演会も、メラニー以外の利権がらみの連中も来るやろから、ほんまに大丈夫なんかって念押ししても、おまはんはそのアツいメイクのその割には涼しい顔して、こう言うたんやで。

  “だーいじょーぶ、大丈夫っ。こんな土臭い田舎の議員なんてのは、都会の議員と同じでみィーんなボンクラ。行政の職員いうのも仕事できん上司いいなりのカスばっかしや。あいつら露骨にメラニーのいつものカネダケ利権と聞いたら、世間の手前ケチもつくから警戒するけど、県最大の市民グループの賛同があるいうだけでアリバイたつから、これで様子見だった連中もメラニー利権に鞍替えし、何百億もの補助金と予算がつけばアリのように群がりよるがな。市民グループいうてもやな、どーせ後先短いボケ老人のクラブやさかいに、オレオレ詐欺と同じで簡単に丸めこめるで。”って。

  それでボクは、この案件の当の本人メラニーは、どこまで話がわかってんのか念押しをした時も、おまはんはこう言うたんやで。

  “メラニーは秘書を通じて、駅前の再開発の一等地を、地下にゴミあるいうてから8億円も値引きさせて購入し、マダム・ラッスゥ本店構える土地を見せ、-いい土地ですから話を前に進めて下さい-と、権利書までも見せてくれたと、これでディールは成立や!”って、おまはん、確かに言うたんやで。」

  スピーカーから漏れ聞こえるこの種の会話。テツオが前の方まで聞こえるようにとボリュームを引き上げたので、耳にした議員らや職員たちは驚きどよめき、会場はまた騒然となってくる。

  スピーカーの声を耳にし、さすがに事の重大さを知る羅衆夫人。ここはもうトカゲのシッポを切るしかないと、自らの保身に走る。

「皆さぁん! この男の言っていることは、あの子たちの言うように全部ウソ、ウソばっかしよ! ボンクラ・カス・ボケ老人って、α・β・γ線にグー・チョキ・パーと同じで、みんなこの男のつくり話。ウソウソウソウソ、全部ウソ! 信じちゃダメーッツ!!」

  突然の裏切りにあう平目。だがこの男も、その名のとおりヒラメに徹しておきながら、秘められた自分の思いもあったらしく、ここまで来ればもう白バケにブチ撒ける。

「な、何やて!? お前までこのオレをウソつき呼ばわりするんかい?! オウッ、よう言うた。オレも自分にこれほどまでにウソつかなんだら、船場難波の本場から、遠路はるばるこんなド田舎クソ田舎に、何でお前みたいな厚化粧のニオイより口の方がもっとクサい女に会いに、来るクソか! このボケ、カス、ドアホッ!!」

  主謀者たちの口ゲンカは、互いの臭みのボルテージを引き上げつつも、どこまでも低次元にメルトダウンしていくようだが、利権の元締めメラニーは、この一連の不始末に、ただ秘書を責めつづける。

  “ハゲーッ! ハゲーッ! ちーがーうーだーろーッ!! 

  ハゲーッ! ハゲーッ! ちーがーうーだーろーッ!!”

  だが、メラニーのこの罵りが、ラップのようなリズム感に乗ってるとはいえ、ただひたすらに連呼される“ハゲーッ!”については、ちょっと乗れない気がするのである。というのは、テツオたちが双眼鏡やオペラグラスでいくら確認してみても、来賓席のメラニーの秘書というのは、テツオたちがかつてメラニー事務所を訪問した際に見た、あの暗いオバサン・女秘書に間違いなく、少なくとも目視の限り、ハゲは黙示もされていない。

 

  虚々実々がこれほどハゲしく交錯した今日のこの講演会。講演自体のそのサゲが、意外にも司会者・主催者自身による“ウソウソウソウソ、全部ウソ”なる全否定で終わった今、今度は会場の前部・後部に関係なく、出席者の全員には、“ハゲなのか、ハゲでないのか、それがまた問題だ”との課題がつき付けられたような感じで、今やこの問題こそが、今日の日の虚々実々を象徴するかのようにも見える。

  -人間とは、それ自体が、自ずと虚実をまとうもの・・・-

  テツオたちには今までの経験から、そんな思いがふとよぎったが、会場の舞台前の来賓席では、今までさんざんメラニーに、ハゲーハゲーとはげしく罵倒されていたあの女秘書、ついにキレたか、おもむろにその席から立ち上がったようである。すると、ひょんな偶然か、舞台そでに垂れ掛けられた日章旗が、遠近法でちょうど女秘書の頭の上に差し掛かったように見える。

  偶然とはいえ、心理的にも視覚的にも絶妙なシチュエイション。会場前部の議員たちや県市町村の職員たちは、まるで条件反射のように目線をそこに集約させ、その余波のせいか会場の全域に、今や集中と静寂の空気が満ちる。

  そして会場の全員が、本日の脇役でさえもなかったこの女秘書、その一挙一動に全神経を集中させてくるなかで、ついに彼女は後ろの日章旗も突くかのように、手を高々と上げたのだった!