こども革命独立国

僕たちの「こども革命独立国」は、僕たちの卒業を機に小説となる。

第二十四章 虹

  さて、時間はやや遡り、今は二人の第一志望である県立医大の二次試験が終わったばかりのヨシノとキンゴが、問題を持ち帰って、受験指導役である校長とレイコが宿泊しているホテルのロビーの喫茶室に、彼らともども集っている。

  二人から提示された二次試験最大の焦点である論説課題作文の出題と、それに対して二人が各々選択し解答した文章の下書きを、慎重に見極めていくレイコ。その表情の、メガネごしに珍しく眉間によせた縦じわが、真剣さに厳粛さをも加えていくなか、二人はレイコが手にする赤ペンが、次々と得点のポイントをつけていくのを、固唾を飲んで見守っている。

  そして、集計をし終えたレイコは、メガネをはずし目の縁に手をやると、一瞬だけ天井を仰ぎ見て、二人に向かって落ち着いて言葉を発する。

「・・・多分、おそらく、二人とも合格している。一次試験と、1日目の二次の筆記試験の結果とを合わせた上で、どう控えめに見積もっても、二人とも合格の平均ラインを数ポイント上回ったし、幸運に恵まれたとはいえ、論説課題の二題ともほぼ完全に解答ができたのが、決定打になったようね。」

  レイコのこの言葉を聞いて、ヨシノもキンゴも校長も、喜びというよりかはまずは安堵の思いの方が強いようで、今日の受験本番とこの場をしめた凍てつくような緊張感から解放されて、お互いに喜びと祝福の意を示したあとは、全員ホッとしたように柔らか椅子に深々と身をしずめていくのだった。

 

  そして、くつろいでいる彼らの所に、ヨシノから取り急ぎの吉報をケータイから受けたタミが、テツオを伴いやって来た。実はこの日テツオはテツオで、お世話になった漁村の皆さまへの挨拶回りの最中だったが、二人が合格したらしいことをタミから聞いて、急ぎ駆けつけたとのことである。

「先生方も皆さまも、本当に有難うございます。お陰様で志望校には無事合格できたようですけど、まだ確定したわけでもないし、それにこれから先も受験自体は続きますし、滑り止めも合格しておくべきなので、一応の安心感はあるものの、今のところまだ喜ぶのは早いと思う・・。」

  ヨシノのこの控えめで慎重なコメントが、KYとされるキンゴも深々とうなずいている程だから、この場に居合わせた皆の気持ちを代弁しているようである。

  テツオはそれで、二人に祝意をあらわした後、明日の早朝、島をたつことにもなるので、ここであらためて校長とレイコに挨拶をしようとする。

  吉報の後のためか、寂しげというよりも、ヒゲ面に晴れやかにニコヤカに応じてくれる校長とは対照的に、テツオはレイコが合格の大勝利とは裏腹に、久しぶりに見る彼の前では、かえって表情をこわばらせ、身がかじかんでいきそうな-そんな感じさえするのだった。

  テツオは、そんなレイコの姿を見て、-レイコさんは卒業する生徒の前では涙を見せないのを矜持としているようだから、皆の前で泣かせるようなこと言ってはダメよ-とクギを刺したユリコの言葉を思い出し、彼女を前に彼もまた口ごもり、言葉を喉につまらせそうになってしまう。

「なぁに、3月末までまだ君は島の学校の生徒だし、別れの言葉はちと早いな。

たしかに君はこれで島をたつとは言うものの、それは一足先の卒業旅行とも解せるし、卒業式もまだ先だから、別れの言葉は式の時までお預けでいいだろう。」

  校長がこのように、愛別離苦を先延ばしにしてくれたので、レイコもテツオも、お互い涙を見せることなくホッとしたようにうなずき合って、まずこの場はお開きとなったようだ。

  それでヨシノは弟のタミと一緒に、すでに祝賀の杯を交わしているヨシノパパとキンゴパパのいる実家に帰り、テツオは島に用事があるキンゴを伴い校長に島まで送ってもらうことにして、レイコはこのままホテルのロビーで教師仲間と待ち合わせ-ということになった。

 

  そして校長とテツオとキンゴは漁船に乗って、嘉南島の桟橋へと帰ってくる。

「ならば私は、ここでしばし釣りに興じているから、テツオは明日の準備でこのまま島に、キンゴはまた県の実家へ帰るから、用を終えたらこの桟橋に戻るとよい。

 ・・・そうだ、テツオ。君は明日、この島を発つのだったな。ならば君たち二人がいるうちに、これを言っておかねばならない。」

  と、校長は三人が桟橋に上がるや否や、漁船から持ってきた釣竿二本を手にして見せる。

「君らが今度会うときは、テツオとユリコが就業するブレンネルの保養の家だろ。そこでちょうど各国からの参加者による郷土文化を紹介する催しで、君らはそれがし推薦の『勧進帳』の一くさりをやるのだが、そのクライマックス-弁慶・富樫の“詰め寄せ”シーン-の解釈につき、肝心なことを言っておこうと思うのだ。」

  そこで校長、桟橋上で、弁慶役のテツオの両手に長い方の釣竿一本、横に持たせて、その対面に、富樫役のキンゴにまたもう一本、短い方を持たせて立たせる。

「弁慶・富樫の“詰め寄せ”シーンというのはだな、義経を強力へと姿を変えさせ、作り山伏として関を通ろうとする弁慶たち一行を、富樫がその強力は実は義経と見破って-“それなる強力、止まれとこそ!”-と呼び止めて、腰にかいこむ太刀に手をかけ、今にも抜かんと詰め寄る所を、弁慶は、同様に今にも抜刀して勇みかかろうとする他の山伏たちを背に抑えつつ、あくまでも刀を抜かずに山伏として乗り切ろうとする、あの緊迫のシーンのことだ。

  そこで一つ、言いそびれたことがあったのだが、弁慶役のテツオ君、この釣竿を金剛杖とし両手に持って立ち構え、富樫役のキンゴ君は太刀の代わりに腰へとさして、両人ここで各々の“詰め寄せ”ポーズをとってくれんか。」

  テツオとキンゴは校長に言われた通りに、弁慶・富樫の“詰め寄せ”シーンをよろしくつくる。

「テツオ、君の今の手の構えとは、両手の甲を下にして金剛杖を握っている-という型だろ。」

「ええ、はい・・。これは校長先生からお借りしたDVDそのままの型ですけど・・。」

「では、今度は、左手だけを甲を上にし、握ってみろ。」

  テツオは言われた通りにやってみる。

「ここからは河原崎長十郎氏の著作(1)にあったものなのだが、この二通りの持ち方の違いの意味は、君らに分かるか?」

  テツオもキンゴも意味が分からず、不思議そうな顔をしている。

  校長はテツオから竿を取ると、竿を杖とし型を決める。

「左手の甲を上、右手の甲を下にして、金剛杖を握った場合、いざとなればこんな風に、富樫に杖を振りかざせるのではないだろうか?」

  と、校長が弓なりの弧を描いて竿を宙に振るいつつ、それを富樫へ落そうとするや否や、キンゴは少し大げさにその身をよける演技で応える。

「先生、それじゃあ、まるで“八百屋のケンカ”のようですよ。」

「そう、その通り。ではもう一度、両手の甲を下にして、杖を構えて見せてやる。・・どうだ?」

「両手の甲を下にして握ったままでは、杖は決して振るえない・・。」

「・・つまり、弁慶はただ杖を握ったままで、富樫に対して攻撃はもちろんのこと、反撃さえも一切できないことになる・・。」

  校長、ここでようやくニンマリ笑う。

「そう、その通りだ。この“詰め寄せ”シーンの弁慶の杖の持ち方、実はこの二通りの型がある。

  片手の甲が上を向く-杖を武器に変えられる型というのは、勧進帳のもとの能の型であり、両手の甲を下にするのは歌舞伎の方の型なのだ。

  そこでこの二つの型の解釈というのはだ、この両者の違う所とは、前者は武力行使を意思しているが、後者のそれは武力行使を完全に放棄した-いわば非暴力の意思を示しているのではと思うのだ。」

「なぁるほどぉ。弁慶が武力行使をしない以上、富樫も刀を抜けないわけだ!」

「だからこそ、弁慶の智謀というのが、高く称えられるというわけですね!」

  テツオもキンゴも納得し、校長はとても満足そうである。

「そうなのだ。この『勧進帳』は他の歌舞伎芝居と同様に封建的ではあるものの、武力によらず、あくまでも知恵を尽くして危機を乗り切る“非暴力”のテーマを持ち、普遍的にしてかつ今日の国際社会に充分誇れる内容を持つものなのだ。

  それは、前から見てもリア王、屋外で見てもマクベツ、などを創造した、振らなくともシェイクスピアに、剃らなくてもヒケをとらない芸術的な価値を持つとも言えるのだ。」

「先生、あとのシャレは分からなくても、おっしゃることはよく分かります。」

「先生、これで僕らも自信を持って、成田屋とは言われなくても、成田から世界に向けて、この勧進帳の素晴らしさを、伝えていけると思います。」

   教え子からの喜びの声を受け、いよいよ校長、幕切れの弁慶よろしく感極まり、所々で涙声さえ混じらわせつつ、語り続ける。

「そればかりでない。この勧進帳という芝居、現代社会にはもう無くなった人間性にあふれている。

  富樫は、観客なら誰もが気づいているように、彼は関守という役人でありながら、個人的に弁慶の“人間”にほれ、義経と分かっていて逃すのである。これで彼は今でいう検事総長ほど出世するチャンスを自ら失い、その上、番卒の密告などでバレてしまえば斬首されるリスクまで負うのである。

  この富樫という人物、役人=組織人でありながら、権力に忖度せず、凡庸な悪にも染まらず、しょーもない自分の出世欲のために善良なる人々を踏み台とせず、ましてや死に至らしめず、自分には何一つ利益もないのに、弁慶たち一行をただ“武士の情け”の一念だけで逃すのである。

  だからこそ、観客たちは、この“詰め寄せ”のシーンの後で富樫が発する、-“判官殿にもなき人を疑えばこそ、かくも折檻もしたもうなれ。今は疑い晴れ候”-なるセリフに涙するのだ。

  ところが、とても残念なことなのだが、今の世に富樫みたいな人物がほとんど無くなったのと似て、最近の観客たちは、この“詰め寄せ”と、それに続く義経と知りながら弁慶たち一行を逃す富樫のこの決断に、屋号も飛ばさなければ、拍手もしない。だからこの芝居一番のクライマックスは、今は静かなままなのだ。私が十二代目団十郎の襲名で観た十七代目勘三郎の富樫なんかは、人情味たっぷりの富樫であり、客席も拍手に笑いにすすり泣きで、大いに沸いたものだったが、最近の芝居を観ても、役者はきちんとやっているにもかかわらず、観客たちは何も感じないのだろうか?・・

  ともあれ、これで私は言いそびれていたことを君らに伝え、かくして最後の授業を終わる。

  私はこうして君たち次の世代へと、私たちの祖先が生み、貧困や検閲や弾圧などをくぐり抜け、不屈の意思で守り続けた母国語の民族の文化の一つを伝えようとしたのである。

  これこそ立派な愛国心に基づいた、真の愛国的行為と言える。

  これはこの国で俗にいう愛国心-字も読めず、読んでも意味が分かっていない未曾有にもボンクラな政治屋どもがつぶやくような民度の低い愛国心-とは全く異なる、民族の文化と誇りとに満ちた、真の愛国心というべきものだ。」

  と校長は、ここでまた得意げに、腰に手を当てそっくり返り、目をむいて口をとがらす見得を切って語り終えると、テツオとキンゴを桟橋から送り出し、自分はそのまま久方ぶりに、一人だけの楽しい釣りの世界へと入っていった。

 

「キンちゃん! 合格なんだってぇ?! 本当に、ホントによかった! よかったわねえ!!」

  ヨシノがケータイで一報したのか、喫茶室で迎えてくれたミセス・シンとタカノ夫人は、もう涙なみだの、嬉々涙涙の喜びである。

「ここには何にもないけどさ、あなたの好きな水出しアイスコーヒーとロールケーキで、取りあえずお祝いするわね!」

「あ、ありがとうございます・・。で、でも、正式な合格発表はまだですし、あくまでも自己採点での予想なので、もし落っこちてたらカッコ悪いし・・。」

「いーじゃないの、その時は。ローニンしてまた来年受ければ。

  縁起でもないけれど、あたしたち、もしあなた達4人が全員受験で、そして全員不合格の浪人として、また1年2年とこの島にいたらいいのになんってさ、思っていたぐらいだし・・。」

  それでご婦人二人がまた涙ぐむので、キンゴは少しは励まそうと、あらためて志を語ってみせる。

「皆さん、本当に有難うございます。もし本当に合格したなら、ヨシノと僕は父と同じく、ゆくゆくは放射線による内部被ばくを看る専門医になりたいと思います。もちろん、この国の現状では表向きには言えませんけど、志としては被ばく者のための医者でありたく思うのです。

  だって、酷いじゃないですか。この国はヒロシマナガサキの甚大な被害者がいるというのに、原発事故で放射性物質が拡散し、本来は稀にしか見られない小児甲状腺がんが多発しているというのに、レントゲン室以上である年20mSvでも学校が普通になされ、本来は原発敷地内でしか厳重に保管できない100Bq/kgクラスのものが、今や口に入れる食料品の‘基準値’とされ、また一般のゴミ処理場ではその80倍もの8000Bq/kgのものでさえ‘処分できる’というのですから・・。

  それでいて国民は反応しない。こんな国って、世界の他に、あるでしょうか?

  それで子供の健康状態に異常が見られ、それが放射線による被ばく由来のものではないかと心配している親に対して、真剣に向き合う医者がほとんどいないなんてこと、あり得ますか?

  原発での作業員や労働者の方々の生涯の健康は、だれが看て処方するというのでしょうか。

  だから僕とヨシノは、父の志を継ぎ、内部被ばくに向き合う医者に絶対なりたく思うのです。」

「そうよ・・、本当にその通りよ・・。あなたこそ、本当に医者になってほしいよ・・。

  あなたのような若者が出てくれて、これであの暑い夏、焼けるようなアスファルトの最中でも、霞が関原発ゲートや裁判所や辺野古なんかで、座り込んだ甲斐があったというものよ・・。」

  これでミセス・シンもタカノ夫人も、また今まで以上に涙ぐんでしまうのだった。

  当選確実と似たような合格確実の大勝利だというのに、あんまりのシンミリモードが気の毒になってきたので、ここはテツオが水出しアイスコーヒーを入れようと、カウンターへと入っていく。

  そんなテツオの姿を見守るように見つめ続けるミセス・シンとタカノ夫人。出されたアイスコーヒーはまた格別のようである。

「そうか・・。明日の朝、テツオもこの島を去って行くから、これがテツオのラストコーヒーか・・。」

  と、ご婦人二人はマグカップに、シロップがわりに涙の粒を入れそうになりながら飲み始めたので、テツオは自分も泣きそうになるのを抑えつつ、校長のコピーをそのまま語る。

「なぁに、3月末までまだ僕たちは島の学校の生徒ですし、別れの言葉はちと早いです。

  たしかに僕とユリコはこれで島をたつとは言え、それは一足先の卒業旅行と解せますし、ブレンネルでの卒業式もまだ先だから、別れの言葉は式の時までお預けということで・・。」

  それで何とか間も持ち直し、ロールケーキもいただきながら、この場でも皆は互いの愛別離苦を、また少し先延ばしにできたようだ。

 

  喫茶室のある木造校舎を出たあとで、キンゴはテツオに歩きながら語りかける。

「じゃあ、テツオ。今から島の教会へと、いっしょに行こうか。」

「キンゴ。お前の俺への用事って、いったい何だよ?」

「だってさぁ、君は明日飛び立つのだし、今日しか会えないと思ってさ、餞別を用意したのさ。」

「そんな・・、受験だけでも大変なのに・・。気をつかわなくてもいいっていうのに・・。」

「そこはまぁ、いいから、いいから・・。」

  それで二人は、キンゴがしょっちゅう籠っていた教会の中へと入る。

  教会に入るや否や、キンゴは彼の特等席である十字架の祭壇前の、オーディオとインターネットパソコンのある席へとついて、テツオを隣に座らせると、USBメモリーを取り出してセットする。

「テツオ・・、これをまず餞別Ⅰとして、君にあげるよ。ファイルを開いて見てほしい。」

  テツオはキンゴに言われるままに、ファイルを開いて、文章を覗き見る。

「・・『こども革命独立国』って・・、これ、お前が主筆の、この島のブログじゃないか・・。

  いや・・、第Ⅰ部第一章などというのは・・、ひょっとして、これが、お前の“小説”か?!」

  小説家のように思われたのが嬉しいのか、受験の緊張感を引きずった合格予想をも上回るキンゴの“どや顔”みたいな顔を、テツオは久しぶりに見るような思いがする。そしてキンゴは、自ら小説の完成と親友へのご披露を祝いたいのか、ここでまた久しぶりに“ニュールンベルグマイスタージンガー前奏曲”を大音響でかけるのだった。

  その全音階の輝かしい管弦楽に浸りながら、キンゴはテツオに解説する。

「そう! これこそ僕らの島のブログを小説にしたものなんだよ。なぜ小説にしたかというと、ブログのままでは文学的にまとまりがなく、後世に残りにくい。しかし小説としてしまえば、旧約聖書の『創世記』や司馬遷の『史記』と同じく、またこの国の『平家物語』と同様に、末の世までも読み継がれる、語り継がれるというものさ。」

「・・お前、受験だけでも大変なのに、よくこんなもの書いていたよな・・。」

「だろ! だけどこれで僕は文章を書く練習が際限なく苦痛もなくできたから、二次の論説課題作文も完璧に書けたと思うよ。そこは小説書くのを認めてくれたレイコ先生のお陰でもある。

  それにさ、創作家の立場でいうなら、困難な環境である方が芸術的にはいい作品が生まれるものさ。今聞いているこの曲だって、フルトヴェングラーが第二次大戦中すでに空襲が始まっていた母国でのライヴ録音と言われているし・・。」

「・・お前、相変わらず、落語じゃないけど、大風呂敷を広げるよなあ・・。」

  しかし、キンゴがこの小説をテツオへの餞別としたのには、他にも訳があるようだ。

「でさ、テツオ。これを君への餞別とするからには、君にひとつ、お願いがあるんだけど・・。」

  テツオは画面を覗きながら、合格できたらしいとはいえ、また不吉な予感がするのだった。

「お願いとはいうのはさ、これから外国で暮らす君は、英語がネイティブなみに操れるようになるだろうから、ぜひこの小説を英訳して世界に出してもらいたい-ということなんだよ。」

「・・こんな何章もある大作を、俺、英訳なんてできねーよ。俺じゃなくて、シンさんやユリコに頼めばいいだろうよ。」

「いや、僕が思うに、ジェンダーフリーといいながら、まだ内容的に女性には頼みにくい面があるかもしれないと・・。で、その代わりに、シンさんのブログの英訳はこのUSBに入っているから、これを所々で引用してもらえればいいと思うよ。」

「じゃあ、原作者のお前自身は、どうすんだよ?」

「僕はこの卒業を期に、島のブログはもう削除して、そのあとに、この小説だけ目立たぬように、ひっそりネットにアップしようと思っている。いかにも世に忘れられた感じでね・・。」

  しかしキンゴは、ここで再び受験生のそれよりも真剣な表情になるのだった。

「テツオ、つまり僕はこう考えるのさ。この国では、たしかに被ばく自体の認定や被ばくへの補償を求める裁判は続いているし、これからも起こっていくだろうけど、文芸的な作品として被ばくをテーマとするものを大っぴらに公開するのは、もう無理だと思うんだよ。

  実際の核の前では、権力者や民衆等そんな区別に関係なく、人間はみな押し黙ってしまうからな。

  だから僕が思うには、未だ核を“他人事”と思えるような国や地域でない限り、核の話は一般には伝わらないと思うんだよ。

  テツオ、思い返してほしいんだ。3.11で棄民された僕たちが、当面の約束の地としてこの嘉南島へとやって来た今から3年前のことを。

  それで僕らは、君が新たに開いた田畑やヨシノたちの海の幸から、ほとんど自給自足して、エネルギーに可能な限り頼らない、つまり他の国と地域から貪らない生活ができることを証明しつつ、僕らの独立自尊の証であるこの“こども革命独立国”で、衣食住が足りた後には、僕たち次の世代の子ども若者たちのため、“この核の世で生きる意味”を探求してきたじゃないか。

  僕が小説として現世に伝え、また後世に伝えたいのは、まさにこの“核の世に生きる意味”を僕たち4人が考え続けたということなんだよ。

  僕は今、あるテレビ番組でアウシュビッツからの生存者が、こんなことを言っていたのを思い出す。

-“この収容所跡に来ると、(普通の世間とは異なって)不思議にも心が落ち着く。ここは今でも自分の頭で‘考える’という事を教えてくれる”(2)-と。

  僕はこの小説を、僕ら4人とこの島の人たちの怨と思いが込められたこの小説を、僕らのような次世代の人たちが読んでくれることにより、僕らのように“核の世に生きる意味”を、自ら自分の頭で考えてくれることを望んでいる。

  僕らの場合は、そんな自分たちへの答えとして、自分たちこそ、核との共存を選択したこの絶望のホモ・サピエンスを継ぐ新人類の始祖となる-としたんだけどね・・。」   

  と、ここまで話して何かまた気づいたのか、キンゴは独り言のように言葉をそえる。

「・・僕たちのこの偉大な小説『こども革命独立国』・・。ロシアによるウクライナ侵略戦争をまじかに見て、僕はふとこんなことを考えるのさ。いわゆる国を守るための“大祖国戦争”の意味ってのをね・・。

  外国に侵略され植民地にされ収奪される―歴史はこの繰り返しなんだけれども、じゃあ、戦死したり、生き残っても重い後遺障害を負ってまでして、国って守る意味や価値のあるものなのかって。

  たとえば今のイラン人にとって、アメリカの傀儡だったパーレビ王朝より革命後のイランの方が住みよい国といえるのか。また、香港市民はイギリスの租借地よりも、あれだけ市民を弾圧した中国共産党支配の香港を望むのか。そして何より僕たち日本人だって、第二次大戦でもし勝利して未だにあの大日本帝国の臣民であったとしたら、それがアメリカの属国である戦後ニッポンより、よりよいことであったのかどうか・・・。

  結局、あらゆる権力が腐敗するなか支配者が変わるだけなんだから、自分の命を投げ出してまでなすべきことは何もなく、それぐらいなら五体満足のまま生き抜く方がいいんじゃないかと・・。

  少なくとも、僕はそれを選択するね・・。“革命”とか“独立”とかは、結局は国や民族の問題ではなく、一個の人間、あくまでも“個人”としての心の持ち方の問題だと僕は思うよ・・・。」

  テツオはそんなキンゴの言葉を聞いて、グッと胸に来るものがあり、思わず彼の手を握り、約束を誓うのだった。

「わかった、キンゴ。僕たちが言いたいことを現世に訴えて、また後世にも残してくれて、本当に有難う。英訳についてはさ、できる限り努力して、外国でもネットにアップすることを約束するよ。

  俺、お前のこと、ずっと“KY”だと思っていたけど、これは、K=キンゴこそは本当に、Y=余人を以て変えられない人物だということを意味していたと、今更ながら確信したよ。」

  しかし、感極まって思わず男同士の約束を交わした後、マウスをクリクリさせながらこの小説の拾い読みをしているうちに、英訳以前の問題で、テツオはやっぱり不安になる。

「・・キンゴ・・。この小説って、もし俺たちのことを知ってる人が読んだりすれば、誰がだれだか、すぐ分かるんじゃないだろうか・・。」

「だぁいじょうぶ、大丈夫。だって、名前は全部変えてあるし、シチュエイションも立地県も、別の県のにしてあるから、分かりっこないってば。」

  それでもテツオは、不安をぬぐえない気がするのだった。

「・・キンゴ・・。それに小説ということはさ、当然、ラブシーンや、その線上に位置するものも、あるってことで、いいんだろ?」

「もちろんさ! だってそれが小説の醍醐味だから。でもさ、いわゆる二人の濡れ場やベッドシーンなるものは、ご期待に沿えないかもよ。

  一人だけのベッドシーンなら、書いたような気もするけど・・。」

「一人だけのベッドシーン?? 何じゃそりゃ・・。」

  だが、キンゴはここでさすがに素早く空気を読んで、-もう時間がないから-とパソコンの画面を閉じると、テツオにまたもう一つの餞別を渡すのだった。

 

「このCDが君への餞別Ⅱなんだけど、これは君から借りたテープの曲が判明したので、テープと一緒に渡すんだけど、コレ、今からここで、聞いてみないか?」

「キンゴ・・、受験で大変だというのに、覚えていてくれたんだ・・。有難う、本当に有難う。」

「感動するのはまだ早いよ。この曲は音響効果バツグンの、このオーディオセットで聴くといいし、また僕も是非に聴いてみたい。まず曲を聴いてから感動しよう。」

  と、キンゴは意外にも、曲の最後からCDを鳴らしはじめる。

  聞こえてきたのは・・、教会中に響き渡るパイプオルガンの調べ・・。テツオは最初、教会音楽かと思いきや、やがてホルンが入ってきて、続いて金管、トランペットと、彼が探し求めていたレイコのテープに残されたあの旋律が、あざやかに甦ってきたのだった。

「キンゴ。コレだよ、コレ。間違いない、この曲だ。・・これ、何という曲なんだ?」

「これはさ、リヒァルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』っていうんだよ。

  いや、君のテープを聞いた時に、僕も一瞬どこかで聞いたと思ったけど、父の持っているCDを探していたら、意外にもいろんな指揮者のを持っていたので、聴き比べて僕が一番いいと思うのを、もう1枚購入して、君への餞別としたいのさ。」

  テツオは、キンゴのやや自慢げながらも、こうした純で一途な所にまたウルウルときて、頭を下げてお礼を述べる。

「いいや、まだまだ、感動するのはまだ早い。僕が数あるこの『アルプス交響曲』のCDの中、何でこの“朝比奈隆”先生の指揮(3)のを選んだかという理由をだな、君はこれから聞かねばならない。」

  と、キンゴは持ってきたカバンの中から、他の指揮者のCDを取り出してジャケットをテツオに見せつつ解説しながら、またプレーヤーにセットしていく。

「音楽というものは指揮者や奏者でかなり違ってくるもので、ハイティングもムラビンスキーもいいけれど、この曲の場合は特にこの“頂上”の所で僕は、朝比奈隆のが一番いいと思うんだよ。」

  と、キンゴはさっきは時間がないとは言いながら、ここはCDの聴き比べに熱中している。

  しかしテツオは、そんなキンゴを横目にしつつ、この曲にまさに引き込まれていくのだった。

 

  -そこはまさに山の頂。周囲の尾根をすべからく見回すような、壮大にして壮麗なオーケストラの音響が、スピーカーより響いてくる・・。 

 ああ、山が、山が見える・・。

 生きてる山が、この目の前に、あらわれそうだ・・。

 間違いない。僕があの時いっしょに聞いていたのは、まさにこの曲だったんだ。

 この明らかな物的証拠は、二人の最後の授業をとるため予備用にと用意されたテープの端に、ダビングの上書きを免れて、奇遇にも残されていたのだった。

 二人に共通していたのは山の記憶・・。

 耳の記憶は目のそれよりも、ここまで長く消えなかった-

 

  テツオは席から立ち上がり、より音響効果を求めてか、教会の中ほどの席へと移ると、空を仰ぎ見るように天井を見つめながら、今や彼の耳へと流れ込む大音響に身をゆだねつつ、封印された宝のような記憶の中より、あざやかに甦ってくる山の空気と匂いとを、全身で確かめようとするのだった。

 

 -ああ、僕は、何て愚かだったのだろうか・・。

  もとより素直になれていたら、初から気が付いていそうなものを・・。

  もう一度、あの幸せに触れるのが恐ろしく、また、再びそれを失うのがより恐ろしく、先延ばしを重ねては、僕は自分自身と向き合うのを、今まで避けてきたんだよ。

  人はあまりにも悲しいことが起こった時には、それを無かったことにして、何も無かったという偽りの記憶でもって、真実に上書きをするという。

  しかしそれは、自分を偽っているに過ぎず、つけはこうしてやって来る-

  

  そんなテツオに、キンゴは大いに感極まって、語りかける。

「そうか、テツオ・・。君も涙を流しながら、そこまで感動してくれたのか・・。

  いや、僕自身は、この朝比奈隆先生をナマで聴いてはいないけど、幸運にも父が何度か聴いていて、しかも先生得意のブルックナー、それもその第8番を聴いていて、その素晴らしさを繰り返し語ってくれて・・。洋の東西、名指揮者は数々あれど、朝比奈隆の演奏会はどこにもないほど格別だったということだ。

  父が言うには、先生の演奏はスケールがとても大きく、先生が舞台へと現れると、会場の全体が“熱く”なる。客席の聴衆も“熱く”なる。これは朝比奈隆のコンサート特有の現象だったということだ。

  それで演奏が終了して、オーケストラの楽員たちが去った後も、熱くなった聴衆たちが、いっせいにワァーッてな感じでもって、舞台の最前列へと向かって押し寄せ、互いに列に列へと重なり合って、もう手の皮がすり抜けるかと思うほど、皆して熱烈な拍手を送っていると、先生は再び舞台へお一人で現れて、聴衆の熱烈な眼差しと拍手に照らされ、うなずくように応えられたということだ。

  そうか、テツオ。君もたった一回聴いただけで、かくも朝比奈隆先生に涙されたか・・。さすがに君は革命の言い出しっぺ、僕一番の親友だ・・。」

「キンゴ。レイコさんって、今どこにいる?」

「レイコ先生? 先生はこれで医学部受験の前半戦が終わったので、後半戦へと備えるべく、今日はこれから教師仲間と今までの出題を持ち寄って、互いに傾向・対策を夜まで練るということだよ。」

「ということは、レイコさんは今日はもうこの島には、戻らないっていうことか・・。」

「うん。その他にもホテルのインターネットを借り切って何かと調べ事があるそうだし、今日は夕方から天気が大きく崩れるから、このまま県にいると思うよ・・。」

 

  それでテツオは、校長の漁船に乗って再び県へと戻って行くキンゴを桟橋で見送ると、浜辺の散歩で気を紛らわし、木造校舎の彼の部屋で荷物の整理を続けた後、喫茶室で夕食を一人でとって、また彼の部屋へと帰ってくる。今夜の嵐に備えるために島の自宅に籠っているのか、タカノ夫妻の理事長室には誰もなく、テツオの島の最後の夜は、この木造校舎を寮とした彼の自室で、独りで過ごすということになりそうだ。

  予報の通り、雨嵐の夜になり、テツオはひとり、明日の旅立ちの準備を終えた部屋にいる。

  彼は先に、生活にすぐ要る物は国際便ですでに送り終えたので、あとは当面の身の回り品を持っていけばいいだけとなり、自ら携帯していくのは大きなリュック一つでよく、残りの衣類などの梱包品はタカノさんと校長に船便で送ってもらうことにした。

  彼は今、最後の夜まで残しておいた、男の時も女の時も美しい自分自身を愛でに愛でた二枚合わせの姿見と、貴重な女装コレクションとを見納めてから、念入りに梱包をし終えようとするのだった。

  -・・ああ、あたしにとっては定番のジャケット・タイトスカートの他、その各々が、白、赤、ピンク、ライトグリーンにレモンイエロー、ネイビーにコバルトブルー、ベージュやらアイボリーやら、虹のごとき多彩さ誇る、ベレー帽、シャツにブラウス、フレアにプリーツスカートに、風そよがせるワンピース等々、そして、あたしの足を彩ったミュール、パンプス、サンダルたちも、下着も化粧品たちも全て含めて、また会う日まで仕舞い込まれていくのよね・・。

  あと、僕のこの部屋で、ともに暮らしていた観葉植物、花苗たちも、すべてタカノさんとミセス・シンとレイコさんのスリーシスターズにもらわれたし、昨日までに田も畑もハウスたちとも見納めは済ませたから、この島やこの部屋で、思い残すというものは、もうないよな・・-

  テツオにとっては、テツコとなって県内を練り歩いたのと同様に、この島内でもテツコの姿-それもよそ行きでないバージョン-で、あたかもターシャ・チューダーみたいに、自分の田畑や花畑を愛でまわり、花や虫を覗き見て回ったのも、また大切な思い出となったのだった。

 -・・ああ、服はもとより、手や足の指先までも色鮮やかに彩った美しい姿のあたしが、さわやかに日傘をさしつつ、風にスカートそよがせて、スリーヴも波打たせては、草花に触れ、またそれに頬よせ匂いを嗅ぐ時、あたしが愛でた草花たちを美しいと感じたように、彼らもまたそんなあたしを美しいと感じていたと思うのね・・-

  テツオはこうして、美の余韻と思い出とに浸りながら、旅立ちの準備をすべて済ませると、もう特にやることもなくなって、風呂へと入り、湯上りにいつものように自分の美々しい裸身を確かめ、女物の浴衣に着替えると、ベッドに一人横たわる。

 -・・そう。僕はもうこの島では、特に思い残したことはない。ただ一つのことを除いては・・-

  それでテツオは、これからまどろみ見る夢を、おおかた予想しながらも、降りしきる雨の音、風の音を聞くままに、すんなりと寝入ってしまったようである・・。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

「姉さん・・、どうしたの? 会社から帰ってきて正座したまま、ボクの方を向いてるなんて・・。」

  僕はあの時、-・・僕の好みで彩ると、ネイビーのジャケット・タイトスカートと、その襟元からは白シャツの襟が出されて、首筋にはロイヤルブルーのスカーフが巻かれているみたいな・・-オフィス姿のままの姉さんを、目の前にしていたんじゃないだろうか。

  そして、こうしたコーデだけじゃなく、あの時の僕らのことを、封印から解かれた記憶をもとにして、僕が向きあい、復元をするのなら、おそらくはこのようなものだった・・。

  姉さんは僕を見つめて、ゆっくりと、まずこう言ったと思うんだ。

「・・テツオ・・。来月から、あなたは小学生になるのよね・・。まずはご入学おめでとう・・。」

  しかし、姉さんはそう言ったきり、正座したまま、またうつむいて押し黙り、その眼には‘おめでとう’とは裏腹の、涙さえ光ったように見えたのさ。

  僕は、姉さんのこのキリッとしたフォーマルなスタイルが好きなんだけど、それがこの日の姉さんには似合わず、まるで見ごろが過ぎた花みたいにしなだれてるのがあまりに可愛そうになり、ここは僕の方から言うことにしたと思う。

「・・姉さん。ボク・・、これからは母さんと生活するので、入学するのは東京の小学校なんだよね。」

「テツオ・・、あなた、それ、知ってたの??」

「・・知ってたよ・・。」

「いつ? いつ、知ったの? あなたにそれを話したのは、父さんなの?」

「先月さ。姉さんが入社何年目研修とかで関西に行ってた時、父さんが母さん連れて、このじいちゃんの家まで来て、ボクに話をしたんだよ。

  母さん、ようやく体調がよくなってきたというので、ボクの小学校入学を期に、ボクを引き取り、東京でしっかりした教育を受けさせたいって。」

「そう・・・。そうだったの・・・。」

  僕は、この話を改めて僕自身の口から聞いて、生気なくうなだれる姉さんがますます可愛そうになり、続いてこうも述べたと思う。

「姉さん・・。実は、この話というのは、以前から父さんが度々していて、ボクも覚悟はしてたんだけどね・・。」

「・・父さんって・・。それで、父さんは、あたしのこと、何か言ってた?」

「父さんね、姉さんのこと、“あの子にはいつも済まなく思っている”って、口癖みたいに言ってるよ。」

「・・そう・・。父さん、あたしのことをそんなふうに、言っているのね・・。

  でもね、テツオ。あたしがここに来ていたのは、何も父さんから頼まれたからじゃないのよ。」

「それはボクも分かってるよ。だって姉さん、父さんがボクに会いに来る時、絶対一緒に来ないもん。」

「テツオ。今だから言うけれど、あたしがあなたを知ったのは、おじいちゃんが家に小さな弟が来ているから、会いに来ないかって言ったからよ。

  それからはすべてあたしの意思だから。誰にも何も言われてないし、頼みというのも、テツオ-あなたの頼みしか聞いてないから・・。」

  そしてこの時姉さんは、このことは是非に聞いておきたいみたいな顔で、涙目ながらも僕の目をじっと見つめて、言ったと思う。

「テツオ。あなた自身はどう思うの? あなたは、あなたのお母さんと、東京でいっしょに暮したいと、思っているの?」

  僕は当然、思いッきり、首を横に振ったのさ。

  そして子供ながらに、ここで姉さんの思いも確かめねばと、姉さんの黒い目を見つづけた。

  姉さんの眼は、一瞬、勝利のような喜びに光ったようにも思えたけど、その後すぐに、困惑にも似たような、いや、ひょっとして後悔と懺悔のような趣きさえも見せながら、そして、僕へのあふれるような悲しげで、寂しそうな思いを込めて、やがて、大粒の涙を落としたと思う。

「・・テツオ・・。本当はあたしはね・・、せめてあなたが小学校を卒業するまで、せめて小学校を終えるまでは、あなたの面倒を見つづけたいと、思っていたのよ・・・。」

「姉さん、ボクの方はね・・、実はもっと長くって、このまま一生、姉さんといっしょでいいって思っていたよ。

  でもさ、もしもそんなことになったりしたら、姉さん、結婚できないでしょ。」

「テツオ! あなたにそんなこと、誰が言ったの? 父さん? それとも、おじいちゃんかおばあちゃんなの?」

「姉さん、そんなこと、誰ひとり言うわけないじゃん。これはボクの完全なるオリジナルだよ。

  姉さんのこと親身になって思っているのは、この世にボクだけなんだから。だから、姉さん、もしも相手が見つからなくても、ボクと結婚すればいいよ・・。

  だって、姉さん、アインシュタインも血のつながった自分の従妹と結婚したって言ってたし・・。」

  次の瞬間、姉さんは正座を解いて、立膝ついて僕に寄りそい、そのまま僕の身体を抱きしめた。

  僕は僕で、片膝を折り曲げて、姉さんの背に合わせて、抱きしめかえしたように思う。このお互いに中途半端な姿勢どうしで抱き合うのが、そのまま僕の成長を物語っていたともいえる。

  そう、成長というならば、この時僕は、姉さんの背ばかりでなく、お尻にも手をやって、タイトスカートのその上から、触りに触ったかもしれない・・。一見すると、まるで痴漢のようだけど、僕にはお尻を触るのはただ姉さんに対してだけという自負があったし、それもタイトスカートからでないと意味ないと思っていたし、これが僕のほとばしる思慕と愛慕の表現だったのかもしれない。

  でも、姉さんは、これはお互いの背の高さの違いのためと、僕の恋と故意に気づかなかったか、ますます僕を抱きしめたので、僕もますますそのお尻を抱きしめることができたようだ・・。

  そして姉さんは、なおも涙を流しつつ、僕の肩をつかみながら、じっと僕の目を見据えて、こう話してくれたと思うのさ。

「テツオ、正直言うとね、あたしはこの話を父さんから聞いた時、あなたのお母さんを呪ったのよ。

  でも、その後すぐに思い直した。あたしには家に帰ればあなたがいたけど、あなたのお母さんは生みの親にもかかわらず、家に帰ってもずっと独りぼっちだったのだから・・。

  あたしね、あなたのお母さんとは同じ女性のサラリーマンだし、その気持ちが分かるのよ・・。

  父さんからの話によると、あなたのお母さん、正規社員の総合職で、男性なみに仕事に無理して、体調を崩してもずっと休まず、今のポジションに留まってきたというのだから、あなたを手放してまでもそのポジションに留まらなければ、非正規や退社に追いやられるような会社の風土があるのではと思うのよね。

お母さん、こんな可愛い盛りの、しかも一人っ子のあなたを、一時的とはいえ手放すのは、どんなに辛いだろうかと・・。

  でも、父さんは、好況の時はいいけど、不況では収入が減るような性質の仕事だし、あなたを将来大学まで行かせるためには安定した収入が必要だから、自分のキャリアのためというより、おそらくはあなたのために、ここまで無理してらしたのではないかしらね・・。

  それでようやく健康も会社の立場も安定したので、あなたを引き取る決心をしたと思うよ・・。

  だからね、テツオ・・。さっき、あなたは首を横に振ったけど、あなたのお母さんだって、あなたのためにずっと耐えてきたのだから、あなたは自分のお母さんに、きっと優しくしてあげてね・・。

  それと、あたしのことは、お母さんには言ってはダメよ。

あなたたち二人が、これから仲良くしていくためにね・・。」

「姉さん、そこん所は分かっているよ。“女の嫉妬”というものだよね。」

「・・まぁた、昼ドラ見てたのね・・。“嫉妬”というのは、女も男も関係ないのよ。イヌだって嫉妬するんだから。

  あなたのお母さん、教育熱心だと思うから、テレビばかり見ていたら叱られるわよ・・。」

 

  それからの記憶というのは、思い出そうにも出てこないから、多分、完全にないんだろうな・・。

  何となく雰囲気として残っているのは、それから二週間あまりの間、愛するがため、何かと僕を叱りつけることもあった姉さんは、何があっても叱ったりしなかったように思う・・。そして僕は別れの日には、顔が割れてしまうほど、泣いたのではないだろうか・・・。

  でも、僕の方より、姉さんの方がよほど悲しく、辛かったに違いない。だって、別れ際の姉さんなんて、僕はまったく覚えてないし・・・。

  それで東京の小学校に入った僕は、母さんのマンションで二人暮らしとなったんだけど・・。1,2年生は平穏だったが、3年生になった頃から不登校を繰り返し、転校しても解決できず、おまけに少々ダブリもしたから、結果的に姉さんの期待には沿えなかったということか・・。

  僕は、東京の小学校、いや東京自体になじめずに、また父さんのいる九州へと戻ってきたけど・・。姉さんはすでに県外に行ってしまった後だった。僕もまた3年生からやり直しの、落ちこぼれたような自分が恥ずかしくて、結局僕と姉さんとは、そのままとなってしまった・・・。

  僕があの時、東京に行くのを拒んで、姉さんとの二人暮らしを続けつつ、地元の小学校に行くというのも、選択肢としてあり得ただろう。でも僕がそんなことを強要したら、姉さんは溜めたお金で教師になるため会社を辞めて大学に入り直すということが、できなかったと思うんだよな・・・。

  姉さんは母さんとは異なって、本当に会社が嫌いだった。“あんなに貧しく愛のない所なんて”と口癖のように言ったし・・・。

もし、僕が九州へと戻ってから、もう一度姉さんに会えていたら、-姉さん、初志のとおり、教師になれてよかったね-って、一言いってあげたかったな・・・。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

  テツオはここで目が覚めた。時計へと目をやると、時刻は深夜をまわっている。

  外の嵐は、相変わらずも続いていたが、明日早朝に船出する彼にとっては、明け方までに降り終えてくれた方が望ましく、テツオはこの島では最後となる、月の光をあきらめた。

  だが、目覚めの時、彼は一瞬、あのドビュッシーの『夢』の余韻を、聞いた気がした。

  何度となく彼の心の奥底から聞こえてきた『夢』の音色・・。-ともすると、姉さんは、こんな嵐の夜中でも、この曲を弾いているのか・・-テツオはふと、そんなことを思ってみる。

  だが、それも外の雨風の音に消されて、彼は今日の荷づくりの疲れもあって、今度は深く寝入ってしまったようである。

 

  翌日、テツオは島を発つ夜明け前の、彼にとってはこの嘉南島での最後の朝を迎えている。

  テツオは朝風呂へと入り、今や女形のたしなみみたいに、手は肘下から足は膝下からの毛を、入念に剃り上げると、顔のヒゲは無論のこと、胸のVゾーンの毛も剃り込んで、今日の新たな彼の人生の船出へと備えるようだ。

  そしてトップスはいつもの白のコットンシャツ、ボトムズはネイビーのデニムパンツを着込んだ彼は、慣れ親しんだ木造校舎に別れを告げると、大きなリュック一つを背にして、教会にも別れを告げて浜まで下り、桟橋へとやって来る。

  幸いにも嵐は過ぎゆき、夜の雨風から覚めたばかりの、まだ陽の昇らぬ鉛色の県側の海を臨んで、テツオは校長から貸してもらった一艘の釣り船を、浜の倉庫から桟橋へと持って来ては、リュックサックを積み込むと、誰にも気づかれないうちに、一人で旅立とうとしている。

「ハハハハ・・。やっぱり君はやけに早いな。一人ぐらい見送りを、させてくれてもいいだろう。」

  振り向けば、理事長のタカノ氏が、初めて会った日と同じく、濃い藍色の作務衣の姿で、禿げ上がった後頭部をさすりつつ、浜辺から桟橋へと歩いて来るのが見えてくる。

「タカノさん・・、すみません。こんな早朝に一人で発つのは、もしも皆に見送られると、僕ももう耐えられなくなるような気がして・・」

「それはもういいから、いいから。みんな君の思いは分かっているし、だから敢えてここには来ない。

  だが、一人でポツンと旅立つのも、何だか淋しいだろうから、ここは私が皆の気持ちを代弁して、見送りにやって来たということだな・・。」

  テツオはこの時あらためて、この3年余り、自分たちを助けてくれた大人たちの筆頭だったタカノに対して、深々とお礼を述べた。それは彼にとっては、別れの辛さ、涙をこらえる辛さ以上に、言葉にはならないものではあったのだが、それでも感謝の気持ちは充分に伝えられたようである。

  そしてテツオは、今まで気になっていたことを、タカノへと話してみる。

「タカノさん。僕らはこの島での生活を、独立だの自給自足だの言ってましたが、DVDの収入などに恵まれたとはいうものの、最低限の電気代や、県への船のガソリン代、それに木造校舎の改装費等の初期費用など、ヨシノの家族や校長の漁村からの寄付もあったと思いますけど、それ以外の寄付や補助にはいっさい頼らなかったことを思うと・・。それである時、島の運営で必要とされた時には、タカノさんの年金があてられていたと聞いたのです。

  それで、僕は、この島での生活の言い出しっぺとして、タカノさんにいつかこの事へのお礼を言わなければと、ずっと心にとどめていました。」

  するとタカノは微笑みながら、初めて会った日と同じく、バリトンのあつい声でこう答える。

「いや、島を去り、卒業の今だからこそ言えるのかもしれないが、君たち4人が志し、君たちの革命と独立を起こしたからこそ、私たちの存在もまた、価値あるものになったと思う。

  だから、こうしてお礼を述べるのは、むしろ私たちの方でもある。

  ちなみに、君が今いった“年金”とは、それが世代間扶養といわれるように、現役・若年世代が支払っている保険料が、老齢世代に支払われる年金の原資となるから、さほど貧困でもなく、支給される年金で更なるゆとりが出るくらいなら、それは当然、次世代の子どもたち、若者たちのために使われるべきものなのだ。だから私は自分や妻の年金が、この“子ども革命独立国”の経費として、また辺野古などへの座り込みの活動費として使われるのは、むしろ当然のことだと思うし、またこのことにより、君ら自身の自給自足や独立自尊が、損なわれることはないと思う。」

  それを聞いて、テツオは少しホッとしたような気がした。いや、それ以上に、彼はタカノがここで-このことで独立自尊が損なわれることはない-と念押しをしてくれたのが嬉しかった。

  そして、ようやく笑顔にもなれそうなテツオを前に、タカノは-これで彼の心残りも消えたかな-といった感じで口元を緩めると、今度は自ら話したかったというように、彼に向かって語り始める。

 

「あの3.11以降、この国ではしばらくの間、“脱原発”の掛け声が国中で響いていたが、やがて何事もなかったように、声の多くは自発的に消えていった。香港では1年以上もデモが続いたというのにな。

  それでも原発をめぐっての裁判自体は続いていたが、一方で“放射線被ばく”はほぼ完全にタブーとされ、これもまた不思議なことに、大多数の国民自ら、被ばくを“なかった”あるいは“今後もない”ことにして、空間線量20mSv、食品基準100Bq、ゴミの基準8000Bqと、核関連施設以外では考えられないベクレルフリーのような現実に“見ざる聞かざる言わざる”を自発的に決め込んだ。

  ヒロシマナガサキを経験した国民が、なぜ実際に核汚染が現実になってみると、自発的に無関心になっていき、“見ざる聞かざる言わざる”となっていくのか?

  ヒロシマナガサキという核による大惨事を経験した国民=人間が、現実に“核”が表にあらわれた時、それこそ般若心経にあるように、“無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、無眼界、乃至無意識界”となったのだから、これは人間が“知恵ある生物”であるのなら、実に驚くべきことである。

  同じファシスト国家であったドイツとイタリアが、脱原発を決めたというのに、チェルノブイリ後、またしても3.11と、こんな大惨事を起こしたこの国こそが、本来なら真っ先に脱原発となってもいいはずなのに、国民は20mSv・100Bq・8000Bqとの共存を“無反応・無関心”で応えたのだ。

  もし君たちがこの“子ども革命独立国”を起こさずに、またそのブログを残さなかったら、これは世界史あるいは人類=ホモ・サピエンスの、永遠の謎になっていったのかもしれない。」

  テツオはタカノのこの言葉を一心に聞いている。そんなテツオを見つめながら、あるいは時としてまだ夜が明けきらぬ鉛色の海の方へと目をやりながら、タカノは言葉を続けていく。

「テツオ君。私は最近、こんなふうにも思うのだ。これは、“ヒロシマナガサキを経験したからこそ核に反応しないのはおかしい”のではなく、本当はその逆で、“ヒロシマナガサキを経験したからこそ核に反応しないのでは”と、そんなようにも思うのだ。

  つまり、放射能=核というのは、人間の原罪の最後あるいは最期において出てくるもので、ここにおいて、旧約聖書の創世記でいう所の、“善悪を知る木の実は決して食べてはならぬ。それを食べたが最後、死んでしまうのだ”(4)と言った神の予言が成就して、また、般若心経にあるような、人間は皮肉にも、こうして“無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、無眼界、乃至無意識界”の境地を成就するのではないかとさえ思うのだ。

  では、なぜそのようになるのかと考えると、それは君らの理論が述べる、核が放出する光=γ線が、知恵のもとたる光に対する人間の執着力-波である光や電子を観測により粒子とするような執着力-を、光電効果のようにして弾き飛ばし、人間を知恵のもとたる光から引き剥がしてしまうというのが、答えの一つとしてあり得ないとは言えないのではないだろうか。

  これにより、神の予言は成就され、また般若心経も成就され、人間の原罪の因果応報も成就されるというのだから、なるほど、ここに来て、われわれヒトは、ただ神の偉大さ、その創造の限りなさに驚嘆するばかりである。神を言葉にしたくなければ、これは自然の偉大さと言いかえてもいいだろう。

  いずれにせよ、ここまでが人間が考えられることの限界と思われるし、われわれ人間の知恵と知性の旅路というのも、これで一巡したような気がするけどな・・・。」

 

  鉛色にしずんだ海に、今や金色の光の線が幾すじも差し込んで、やがては薄い銅版をも思わせる穏やかな輝きが、海全体に広がっていくかに見える。

  そしてまた、今日の朝の陽の光が、昇りはじめたようである。

  3年ほど前、あの初夏の日に、陽の光に白く輝くコメの花を見せてくれ、自分を百姓へと導き、そして自分たちをこの当面の約束の地へと導いてくれたタカノに、テツオはあらためて感謝の意を込め、また涙を抑えた確かな口調で、言うのだった。

「タカノさん・・。でも、僕たちは、決して“見ざる聞かざる言わざる”にはなりませんでした。そして僕らは、これもすべて、タカノさんたち皆さま方のお陰なのだと思っています。」

  タカノは、昇りはじめた陽の光に作務衣の藍を照らしながら、笑みを浮かべてこう答えた。

「そう言ってもらえると、私たちも少しは次の世代に役立てたかな-と、ホッとするよ。

  君たち4人が楽園のこの島を巣立った後も、私たちは君らにつづく後輩たちを、出していかねばならないからな。そこのところは校長もレイコさんも、シンさん達も漁村の皆も、同じ思いさ。

  君らはまさに、この国の伝統の一つである“見ざる聞かざる言わざる”にはならなかったし、それ以上に、現実そして真実を、自分の意思と自分の言葉で“見て聞いて言った”のだった。

  いや、実にこれこそが大事なことだ。自分の意思を自分で表すということが何よりも大事なのだ。

  これをしなくなるということは、要するに“無気力”ということだ。

  私はこの“無気力”こそが、今の日本と日本人が低迷している最大の原因と考える。今の世界のこの中で、もはや日本の代名詞とさえなっている、低成長、低賃金、低投票率、低出産率、低婚姻率などなどは、もちろん複合的な要因からなるものであろうけれども、私はその根底には、やはり我々日本人の“無気力”、しかも“生物的な無気力”が絶対的にあると思う。

  世界中では多くの人々・国民が、自分たちが取り巻かれた暴力や不条理に、投獄や処刑など日本よりもはるかに厳しい環境の中においても、また実際に失明や手足が削がれたのもものともせず、それ相応の人数で、それ相応の抵抗を続けている。香港、イラン、パレスチナ、中国、ミャンマーウクライナ、そしてロシアでさえ、報道に現れてないのも含めこうした抵抗活動は枚挙にいとまがないだろう。

  しかし、我々日本人が、少なくとも3.11のあの日以来、目の当たりに皮膚感覚で体験したのは、日本では原発事故や放射能汚染、さらには軍拡・増税と何があっても国民は“反応しない”ということだった。もちろん反応や抵抗をした人々はいて、私たちもその中にいたのだから比較的そうした情報には触れてはきたが、はっきり言ってそれは先の諸外国ほど大きなものにはなってはいないし、おそらくこれから先もなりはしないと思われる。なぜなら、それは私が思うに、“生物的な無気力”の帰結だからだ。

  おそらくネアンデルタール人も絶滅に向かっていくころ、このような生物的な無気力を抱いていたのではないだろうか。だからもしかして神は、我々ホモ・サピエンスも、サピエンスが最後期にたどり着いたであろうこの極東の島国から滅ぼそうと計画をされているのではないだろうか。それがヒロシマナガサキ、そしてミナマタ、フクシマと、世界的にも極めて稀ではあるものの、ある意味で象徴的とさえいえる形で、この日本という国に何度もまるで何かの“因果”であるかのように顕現している理由なのかもしれないなと、私は時々思うのだ。

  しかし、君らはこの“生物的な無気力”にはならなかった。

  君らはやはり、神に愛され、自然に選択されたのかもしれないな。

  今日のこの夜明けというのが、同時にまた新しい人類の夜明けとして、記されるのかもしれない。

  ヒロシマナガサキ、そして3.11と、人間による核の因果が続いたけれども、ここから再び新しい人類が出るというのも、それもまた、その因果による応報と、言えるのかもしれないな・・。」

 

  テツオはタカノと、ここで固い握手を交わして、この島でのお別れをしたのだった。

  彼は、今にも溢れてきそうな涙玉を見せたくないというように、急ぎ小船に乗り込むと、勢いよくエンジンをかけ、浜辺から県側への内海へと船を出し、桟橋をあとにする。

  テツオはそれで桟橋より、ひとり手を振り見送っているタカノを背にして、彼も何度も振り向いては手を振りながら、県側へと突き出ている西向こうの岬に向かって船を旋回させていく。そして岬の陰に船がかかり始めると、ずっと見送っていたタカノの姿も、やがては見えなくなっていった。

 

  テツオがそのまま県の漁港に向かわずに、船をいったん西方へと向かわせたのは、この嘉南島を去るにあたって、最後にもう一度この島の全貌を見納めしようと考えたからである。彼にとっては未だ見納めがついてないのは、自分たちを養ってくれたこの島だけと思えたようだ。

  朝のうちは潮の流れで、西方の岬へ行けば、あとは島のへりに沿いながら外洋へ出られるし、外洋から島の南面全体をすべからく望んだあとで、そこから漁港に向かえばよいと、テツオは岬まで来るとエンジンを止め、このまま潮の流れに船をまかせて、自分はゆっくり島を見渡すことにした。

  岬を過ぎた外洋の入り口からから嘉南島を望んでみると、島の中にそびえ立つ嘉南岳の独立峰が八の字型の末広がりの美しさで、より雄大に見えてくる。そしてテツオは、この方角からの嘉南岳の頂が、西峰と東峰と二つ並んでそびえるように見えるのを、ここで初めて気づくのだった。

  -・・これは、あの由布岳と、よく似ているな・・-

  そして今、嘉南岳には、この二つの頂から麓へ向けてなだらかに寄り添うようにもたれかかる雨上がりの雲や霧のヴェールがかかって、昇りはじめた陽の光は、それとの屈折のためなのか、朝日というのにまるで日没みたいなオレンジ色を、山の南面全体に投げかけるようにも見える。

  テツオは今、エンジンを止めている船の底から、チャプンチャプンとはねかえる波の音を耳にしながら、ちょうどこの先、目の前の嘉南岳を望んでいる崖の向こうに、レイコの家があるはずなのを思い出す。そして彼は、耳にしているこの船底の波の音から、レイコが弾く『夢』の音色が紡がれるのを、想像してみたい気がしたのだが・・、そんなことを思ううち、やがて本当にピアノの『夢』が、あの崖の奥の方から聞こえるような気がしてくる。

  -まさかな・・。そんなこと、あり得ないだろ・・-

  しかし、テツオは、昨日キンゴと別れた後で、ひとり最後の荷づくりを進めながら、彼が餞別にとくれたレイコのテープに残されていたあの『アルプス交響曲』を、ずっと聴き流していたのだった。

 

  -・・そう。レイコさんのテープに奇遇にも残っていたのは、この曲の最後の部分の“結末”という所。そこでは再び“頂上”の主旋律が穏やかに繰り返されるが、それはあたかも登山を終えた山人が、麓へ帰って夕日が照らす山全体を望みながら、今日一日の自分の登山を振り返る-その心境をあらわしていて、それはまた僕にとっては、この島での約3年間を、今こうして嘉南岳を望みながら回想するのと、重なってくるようにも思えてくる・・-

 

  テツオはそんな思いを抱きながら、もう一度、崖の背後にそびえ立つ、二つの峰を頂いた嘉南岳の全容を、一人望んでみようとする。そして彼は、風がおさまり、波音も聞こえなくなったのを確かめると、慎重にバランスをとりながら、山と島のすべてを見ようと、この船底にあえて自分の足で立ち、立ち上がって見納めしようとするのだった。

 

  と、その時、テツオはふと崖の上に、人影を見た気がした。-・・こんな朝早くから、あんな危ない感じの崖の上に人がいるはずがない。朝日が照らした岩場の立木が、人影に見えたのだろう・・-

  しかし、その人影は、まだ立ちこめる霧か霞の合間より、昇りはじめた陽の光を背に、放射状にまばゆく映し出されるままに、嘉南岳を背景に今度はいっそうはっきりと、テツオの視界に入ってくる。

 

  -夕映えに、登り終えた山を眺める山人の回想が、同じあの曲に引き出されてくるように、夕暮れに、長く一人で待ちわびていた幼い日々のあの記憶が、僕の脳裏のディスクから再生されて、今鮮やかに目の前に甦ってこようとしている・・。

  ・・まさか・・、・・姉さん?・・-

 

  空を舞う大鳥が地に焦点を定めるのに似て、テツオの両目はその人影を望遠レンズでとらえるように、彼の脳裏に拡大して映し出そうとするようだ。

  -・・それはあの日、二人で由布岳を登った時と同じ装い・・。トップスは朱色のシャツにロイヤルブルーのスカーフを巻き、ボトムズは同じ朱色のニッカボッカという登山姿の・・・僕が日なが待ちわびていた姉さんの映像・・・いや、それは、今やもう現実となり、山を背にあらわれて、僕の目前にはっきりと見えているのだ・・-

  “・・姉さん! 姉さんっ!”

 

  テツオにもう迷いはなかった。波に揺られる小船に立って、おぼつかない足取りで懸命にバランスを取りながらも、テツオはずっと呼びたかったその言葉を、今、声を大にして叫ぶのだった。

  “姉さんッ! 姉さんッ!!”

 

  声は届いているのだろうか? 崖に立つレイコの方も懸命に手を振りながら、しきりに何かを叫んでいる。

  “姉さんッ! 姉さぁんッ!!”

 

  テツオは崖に少しでも近づこうと、エンジンをかけに入るが、なぜかこの時、エンジンはかかろうとはしないのだった。

  -ちくしょうぉ! こんな時に、なんてこった!-

  おまけに横風までもが吹きはじめて、テツオの小船は引きずられていくように、島の南面に沿いながら、西方から東方の外洋へと、押し流されていこうとしている。

  “姉さぁん! 姉さァんッ!!”

 

 

  しかし、ここでレイコの方が動いてくれた! テツオに向かって懸命に手を振りつつ、危なっかしい崖の上を転びそうになりながらも、風や潮にのせられて力なく流されていくテツオの行方を少しでも先取りしようと、立木の合間をかいくぐり、岩壁に両手をはわせ、岩場に足を渡らせながら、テツオに向かって何かを必死に叫んでいる。

  “姉さぁんッ! 姉さァーんッ!!”

 

  -ああ、まだ互いに、声が届いていないのか。何て恨めしい横風か、何て呪わしい潮の流れか-

  山肌を取り巻いていた雲が去り、霧も霞も消えはじめて、直線状に届いていた陽の光から、晴れやかな青空が開かれていこうとしている。

  そしてテツオは山おろしといわれるような、島の方より海に向かって吹き下ろされてくる風を、彼のその全身に、身にあらがうように受けはじめる。

  “テツオーッ! テツオーッ!!”

 

  レイコの甲高い声が、ようやくテツオの耳へと届く。山と海の間の空気をつんざくようなレイコの声のその響き・・。それはいつもの潤いのあるアルトの美声には遠い、あたかも血を吐くような海鳥の叫びのようだ。

  “テツオーッ! テツオーッツ!!”

 

  手を上げて、その声に応えようとするテツオ。だが彼は、勢いよく吹いてくる向かい風にバランスを崩し、思わず屈んで船底に両手をついて、しゃがみこんでしまうのだった。

  “テツオーッ! テツオーッツ!!”

 

  潮の流れは容赦なく、彼の小船を風の向きにかまわずに外洋へと押しやっていく。テツオはしゃがみこんだまま、加速していく潮の流れになすすべもなく、起き上がろうにも風が強くて前にさえ、顔を向けられそうにない。

  “テツオーッ! テツオぉー・・・”

 

  レイコの声は、声を限りに出し続けたせいなのか、また距離が離れていくせいなのか、しだいに小さくなっていく。それでもレイコは懸命に、岩場を足で踏み越えながらテツオの船の行方を追いつつ、崖すれすれに曲がりながらも生えている立木の幹を掴みに掴んで、何とか彼を見届けようと腕や肘を傷つけながらも枝や葉を押しはらい、息も声も途切れ途切れに叫びつづける。

  “テツオーッ! テツオーッ!!”

 

 

  しかし、崖っぷちに沿っていく彼女の先は、やがて島の端に突き出した大きな岩場にはばまれて、手足も立ち木に遮られ、そこからはもう行けそうにもないのだった。

  “テツオ・・・、テツオ・・・”

 

  レイコの声が、諦めにも似た涙声にかわりはじめる。

  だが、その時、沖合から、今度はテツオの背に向けて、追い風が吹いてくる。

  テツオは力をふりしぼり、もう一度二本の足で立ち上がると、足を前後に踏みとどめ、腕を広げて、背中いっぱい追い風を受けとめながら、両手を頬へとかかげては、最後の叫びをあげるのだった。

  “姉さーんッ! 姉さァーんンッ!!”

 

  今や行く手をはばまれて、岩場にひとり立つレイコ。彼女も風に吹かれつつ、決して後ろに下がるまいと仁王立ちでこらえたまま、耳の裏に手をあてるが、ついに風に乗せられたテツオの声がその耳へと届けられたようである。

  レイコはこれで満面の笑みをたたえて、天に向かって両腕を上げ、頭上にかかげ、輝く朝日に照らされながら、両腕で大きな“マル”をつくって見せる。そして更にそのままガッチリと両手を握って、テツオに振って見せるのだった。

  吹き流される黒髪に、風になびくブルーのスカーフ。青空から白い雲、トップスからボトムズにかけての、ブルー、ホワイト、レッドとつらなる、海から見上げるアングルにより岩場に立つレイコの姿は、ゆるぎなく、青空高く掲げられた三色旗のようにも見えて、テツオはそれを、新たな自由を求めて旅立とうとする彼を励まし見送ろうとする姉の意思と受けとめて、永く心にとどめようと見つづける。

  そしてレイコは、首に巻いたロイヤルブルーのスカーフを振りほどくと、片手に握って高々と上げ、テツオに向かって左右に大きく振って見せる。

  “・・・姉さん・・、姉さん・・・”

 

  テツオは応えて手を振りかえす。だが、船が西方より東方の外洋に面した所で潮目は変わり、船はより東側へと流されて、スカーフを振るレイコの姿も突き出た岩場に隠されると、そのまま見えなくなってしまった・・・。

 

  風がやみ、潮の流れも落ち着きはじめる。テツオの乗った小船もまた、外洋=太平洋の大海原を背にしながら、嘉南岳と嘉南島の南面を望んだまま、まるで停泊するかのように、そこで動きを止めてしまった。

  船底を打つチャプンチャプンという波の音だけが、雲ひとつない青空の下、彼の耳の内側で孤独な響きを続けている。

  テツオはすべての力が抜けて落ちて崩れるようにひざまづき、船底に両手をついてうずくまった。

  “ワァアアアアアアアッーーー!!”

 

  抑えていた、いや、押し殺していた感情が一気に噴き出し、四つん這いの姿勢のまま体中の臓器から来るような突き上げが喉元まで押し寄せて、テツオはすべてを吐き出すようにあらん限りの大声で、泣きじゃくってしまうのだった。

 -・・・僕は、何も、独立なんかしていない・・・。

  独立・自立は上辺だけで、心のなかでは、実はみんな頼っていたんだ・・。

  何もかも、あてにしていて、頼りにしていた・・。

  僕は・・、本当は、甘えてたんだ・・・。

  ずっと、ずっと、甘えていた・・・。

  そして、もっと、甘えたかった・・・。

  もっと、もっと、甘えたかった・・・。

 

  せっかくこうしてまた会えたのに、すぐにまた別れるなんて・・・。

  何という人生だろうか・・。僕はこんな愛別離苦は、もうたくさんだ・・・-

 

  潮の流れは今やとだえ、嘉南島の全貌を前にして、あたり一面を覆いはじめた沖合の静けさが、波打っていた彼の心を、徐々に納めていくようだ。

  テツオはふと彼の頭上に、海鳥たちが泣く声を聞いた気がした。

  見上げてみると・・、あのロイヤルブルーのスカーフが、青空の下、白く飛び交っている海鳥たちの輪のなかより、ハラリハラリと落ちてきて、涙で濡れた船底を覆い隠すかのように、テツオの目前で三角折りの姿をとどめる。

  テツオはそのスカーフを拾い上げ、顔に押し当て匂いを嗅いだ。そして涙をぬぐって拭き取ると、襟を開き、自分の首へと巻きつける。

  海鳥たちは8羽に揃うと、一斉に島に向かって飛びかけては、またテツオの小船にまわって帰るを繰り返す。どうやら彼らは、テツオが行くべき方角を、伝えたがっているようだ。

  テツオはそれで、もう一度エンジンをかけに入るが、今度は無事に稼働したので、彼はそのまま海鳥たちの行くあとを追っていく。

 

  太平洋を背にしつつ、県側の裏から望む嘉南島の南面は、二つに見えた頂は一つにおさまり、切り立った崖の合間の所々に、湧水による浸食のあとだろうか、人が通れるくらいの幅の登山口に似た隙間が開いているのが見えてくる。テツオがそれらを眺めながら更に船を近づけると、海鳥たちはそれより先の、以前ユリコが教えてくれた島裏側の小さな岬の船着き場へと、導こうとしているようだ。

  そしてテツオは、その小さな岬を前にして、またもう一人の人影を見るのだった。

  -・・ユリコが・・、白いユリコが、岬の上に立っている・・・-

 

  海鳥たちは、ユリコの頭上で旋回すると、どこへともなく消えていき、テツオはユリコに吸い寄せられていくように岬下の船着き場へと船を走らせ、そこに小船を停泊させる。そしてリュックを背負い込むと、ユリコの方へと坂を駆け上がっていくのだった。

 

  ユリコもまたテツオを迎えようと、後ろ髪をなびかせながら岬から駆け下りる。そして二人は、そこもまた行場だろうか、アコウの樹木が幾重にも覆いかぶさる御嶽のような平たい岩場で、再び出会う。

  頭上に菅笠、手に金剛杖、麻の浄衣に野袴の白帯行者姿のユリコは、束ねた長い黒髪と、トビ色の目に、頬・唇の朱さも映えて、今までになく自信に満ちて、美しかった。

 

  二人は手を取り合って、そして互いに自覚しあった。これからは自分たちしかいないことを。また自分たちはこれから先も、永遠に自分たちであることを・・。

 

「ね、テツオ! あれを見て!」

  テツオの肩に手をたずさえ、嘉南岳の山容をさすユリコの指のその先からは、二本の“虹”が、それぞれ山の中腹より、昇り上がってくるのが見える。

  その虹は、彼女が修行で上山する際祈りを捧げた、竜頭の滝と金剛の滝という二つの滝に、午前のほんのわずかな間にだけ現れるという小さな虹から、紡ぎ出されていきた虹だろうか・・。

 

  二本の虹は、ほどなく互いに寄り添いあうと、綱が寄りあわされていくように、長く、太く、頑丈な、より大きな一本の輝く虹へと成長をとげていく。そして、その虹のまわりには、さっきの海鳥たちと似て、白い8つの雲たちが塊となってあらわれ、らせん状に重なりあうと、その一本の大きな虹を支えつつ、青空のなか、天高く導いていくようだ。

 

  やがて雲は、薄く広くひろがりはじめ、細く長くたなびきながら、天高く昇りつめた虹をそれから、空と海との境にそって水平に、末永く、まるでニライカナイを目指そうとするかのように、虹を遠くはてしなく、太平洋のかなたへと渡らせていく。

  テツオはその虹が渡っていく様子を見ながら、キンゴがよく教会で鳴らしていた『ラインの黄金』の最後の部分“虹の架け橋”を頭のなかで聴いている。

  そして虹は、嘉南岳の二つの滝から離されたその先端を、小さな岬の先端に結びあわせて、二人の目前に、大きな“虹の架け橋”として姿をあらわす。

 

  それは・・、まるで太平洋を跨ぐような、見たこともないような壮麗で巨大な虹・・。

  虹は、今や天高く昇りつめ、太陽のつらぬく光に照らされながら、空に高く、海に長く、七色に輝きわたり、空の青、海の青とも、その七色の光によって燦然と互いに反射しあうようにさえ見える。

 

  二人は目前に架けられた虹の大橋・・、空へと歩み、海へと渡るその先の、霞でにじんだ虹の行方を眺めながら、これが太平洋をはるかにこえて、二人を約束の地へと導く道であることを、互いに確かめあうのだった。

 

「テツオ! ここからは私たち二人して、行ってみようよ!」

  ユリコは、行者らしく白装束の袖を振って手を前へとかざしては、テツオにそう呼びかける。

  テツオはそれで、何かを思い出したように背にしていたリュックを開けて、その中よりあの彼特製の“シンデレラ・パンプス”を取り出して見せるのだった。

  そして彼は、はいていたスニーカーを脱ぎ去ると、真っ赤なペディキュア塗った素足を、ネイビーデニムのパンツの先からのぞかせては、パンプスに突っ込んで見せるのだった。

「・・テツオ・・。あなたって本当に凝り性なんだし・・。絶対、職人としても成功できるよ・・。」

  そう言って、笑っているユリコを前に、テツオは大いに真面目な顔して、こう答える。

「いや、ユリコ。僕ら人類はこの“足”で、遠い昔に他の類人猿たちから分岐して、この足による直立二足歩行をこそ、人類という種の最大の特長として、進化をさせてきたんだよ。

  だから僕も、これからはじまる新しい人類の雄をまず、自分の二本のこの足から踏み出させて、これをその進化の第一歩とさせるのさ。」

 

  ユリコの金剛杖をつく白地下足袋の二本の足と、テツオのシンデラ・パンプスはいた赤ペディキュアの二本の足とが、交互に今、虹の架け橋へとかけられる。

  そして二人は、空と海のなか、二人を約束の地へと導くこの虹の架け橋を、今やおそれることもなく、自分の意思で渡って行った。

 

 

  二人はこうして旅立って行ったのだった。二人はただ前だけを見つめながら、歩いて行った。

 

  二人はそれぞれひとりの時は、自分の顔が輝いているとは知らなかったが、二人で顔を合わせる時、互いに光り輝いていることを知るのだった(5)。

 

  旅路の最中、二人はよく笑っていた。その足どりは時には早く、雨や風にはばまれて遅くもなったが、それでも二人はよく笑った。

  二人が困窮した時には、島を出た時のように虹があらわれ、彼らをまた次なる約束の地へと、都度導いてくれるのだった。

  二人が疲れてしまった時は、雲が彼らの上にとどまって、虹をおおって彼らを休ませ、二人が回復するとまた、陽の光が七色に輝いている虹の道を、指し示してくれるのだった。

 

  雲が虹の上へと離れていく時、二人は再び歩きはじめた。雲が離れていかない時は、離れるまで出発を見合わせた。

  昼は雲が虹に先んじ、夜は雲の合間より、星が二人を和ませた。

  旅路の間、それはいつもかわらなかった。

  二人の行く旅路の間、虹の道は、二人にいつも、そうであった。

 

 

       『こども革命独立国』  潮洲田小道  2020年6月24日

 

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